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【INTERVIEW SERIES】 『カイツブリがつなぐもの』 vol.1「失われかけているものごとに目を向けると」畑中章宏

カイツブリの塔

インタビューシリーズ『カイツブリがつなぐもの』
vol.1「失われかけているものごとに目を向けると」
畑中章宏(『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか』著者)

interview & text: 熊谷充紘(『カイツブリの塔』企画者、ignition gallery)


はじめまして。こんにちは。『カイツブリの塔』を企画している熊谷充紘です。3月から名古屋テレビ塔を舞台に始める『カイツブリの塔』というイベントは、当たり前に住んでいる土地をあらためて深く掘り下げて、掴んだ何かを塔のように積み上げていき、ふるさとへの高く深い柔らかい眼差しを獲得していけたらと思っています。その視点が過去と現在と未来をつなぐ知恵となるように。

このインタビューシリーズ『カイツブリがつなぐもの』では、『カイツブリの塔』にご出演頂く方々のバックボーンやふるさとへの想いを、読者の方々にバトンのようにつなげて、私たちが住む土地とあらためて出会うヒントになればと思っています。

Vol.1のゲストは『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか』などの著書をもつ作家の畑中章宏さんです。畑中章宏さんには、熊谷が企画しているシリーズ『僕らの未開』のなかで、「忘れられたことを知ること」というトークイベントにご出演頂きました。このトークは“効率を追求するあまり切り捨ててしまったもの、当たり前すぎて忘れてしまっていることにこそ大切なものがある”をテーマに今まで2回東京で開催し、3回目が今回『カイツブリの塔』で山伏の坂本大三郎とご出演頂く、「祭りは山伏が運んできた」となります。

インタビューシリーズ『カイツブリがつなぐもの』 vol.1「失われかけているものごとに目を向けると」

プロフィール: 畑中章宏(はたなかあきひろ) 1962年生まれ。作家・編集者。『荒木経惟写真全集』(平凡社)ほかを編集。主な著書に『柳田国男と今和次郎』(平凡社)、『災害と妖怪』(亜紀書房)、『先祖と日本人』(日本評論社)など。

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―それでは、最初の質問を。これは今後みなさんに聞いていこうと思いますが、畑中さんにとって、“ふるさと”はどこですか?

畑中:“ふるさと”は大阪です。大阪市内の南のエリアで、そんなに特徴のない住宅街ばかり、何回か引っ越しました。みなさんが想像するほどガラの悪いところでありません(笑)。ただし、ぼくが“ふるさと”のことを訊かれて真っ先に思い浮かべるのは、小学校時代から趣味にしていた古寺巡礼の旅先です。お小遣いを握りしめ、仏像史の本に載っている仏像を目あてに、とぼとぼと訪ね歩いていった小さなお堂。たとえば滋賀県の琵琶湖北には、村人たちが大切に守ってきた十一面観音像がいくつもあります。いまでも変わらず同じようなことをしているという意味で、ぼくのふるさとであり、原風景といえるものです。

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滋賀県長浜市の石道寺観音堂

―なるほど。“ふるさと”というのはなにも出身地だけでなく、原風景という意味では自分がいつでも戻っていける場所になるのかもしれませんね。それにしても小学校時代から古寺巡礼をされていたとは!(笑)古寺に興味をもつきっかけは何だったのでしょうか?どこに惹かれましたか?

畑中:趣味が古寺巡礼だという子どもは関西では珍しくないんです。神社仏閣が身近にあるし、ぼくが書いた 『増補 日本の神様』(イースト・プレス)で対談しているみうらじゅんさんもそうですが、仏像はかっこいいですしね(笑)鉄オタがいるように、クラスに数人は仏像好きがいました。

―子どもの頃から神社仏閣が身近だったんですね。そんな大阪出身の畑中さんが現在東京で住んでいる場所に住もうと決めた理由はなんでしょうか。

畑中:東京には30年、そのなかでも現在の住まいである隅田川べりに来て20年になります。ここに越したきっかけは、水辺に住みたいと思って、いろいろ探したのだったと思います。このあたりは、いまでは高層高級マンションが林立していますが、引っ越してきたばかりのころは、住民も少なく、家賃も意外と安かったのです。大晦日には初詣、夏には盆踊りが町内会の主催で開かれるなど、下町の風情を残しているところも、気に入っています。

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東京都中央区を流れる隅田川

―隅田川べりに20年!花火大会では特等席で鑑賞できそうですね。羨ましい。それにしても、水辺に住みたいというのは?ご出身の大阪もたくさんの川があって水の都と言われていますが、影響があったりするのでしょうか。

畑中:ぼくが生まれ育ったところは住宅街なので、あまり水には親しんでいませんでした。いまでも東京は仮住まいの意識が強いので、そのときは何かよりどころになるものがある場所に住みたかったのだと思います。

―よりどころになる場所。そういうものがある土地は親密さを覚えられそうですね。さて、畑中さんが主にご専門とされている民俗学ですが、そもそも民俗学ってどんな学問なのでしょうか。そして民俗学に興味をもたれたきっかけは?

畑中:中学時代に柳田国男の『遠野物語』と『雪国の春』を読んだことが、きっかけのような気がします。民俗学には大雑把に分けると2種類あり、ひとつは「心の民俗学」、もうひとつは「物の民俗学」と言うべきものです。柳田国男の民俗学は前者で、たとえば河童や天狗やザシキワラシといった妖怪たちも、研究対象にしています。妖怪は人間の心が生み出した実在するもの。こういった柳田の考え方に惹かれて、いまでもものごとを考えるよりどころにしているのです。

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岩手県遠野市にある河童淵

―“よりどころ”。もしかしたら心にもふるさとがあるのかもしれませんね。土地に石碑を立てるように、心のふるさとに民間伝承の口碑を立てていく。心の民俗学。名前があがった柳田国男は民俗学者の第一人者ですが、著書を読んだことがない人もいるかと思います。最初の一冊としては、『遠野物語』や『雪国の春』が入りやすいでしょうか。この2冊の魅力について、そして柳田の視点の魅力について、さらに詳しく教えて頂けますでしょうか。

畑中:やはりこの2冊がいいと思います。『遠野物語』はさっき言ったみたいに、村人里人が「妖怪に遭った」「妖怪を見た」という出来事を事実として語っているところが、何よりもおもしろい。そしてそこからさまざまな想像力を膨らませることができる本です。『雪国の春』は東北、なかでも三陸紀行が中心に構成された本ですが、民俗学者ならではの旅の仕方がよく現われていると思います。同じように東北を旅しても着眼点が違う。小さなもの、些細なこと、失われかけているものごとに目を向けようと姿勢が、独特なのです。

―民俗学者のなかでも柳田の視点は独特なのですね。畑中さんはその柳田の視点を拠り所にしながら、民俗学をとおして我々にどのようなことを伝えたいと思っていますか?我々は民俗学からどのようなことを学べるでしょうか。

畑中:先ほどの答えと重なりますが、世の中には理屈ではわりきれないものがあります。身近な人がある日突然世を去った衝撃、いくら努力をしても報われない理不尽さといったものです。柳田は民俗学を科学の一領域だと考えていましたが、民俗学が扱う対象は科学の枠を超えた事象や現象であり、私たちの心のありようだということができます。そういう意味では、日々の暮らし中で引っかかりを覚える“不思議”について、考える手がかり与えてくれるのが民俗学なのかもしれません。

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岩手県遠野地方の「供養絵額」

―なるほど。人間の営みの中で脈々と伝承されてきた有形無形の事象・現象をきっかけに、現在の日々の暮らしを見つめ直すことができるということですね。妖怪伝承や忘れられた風習を知ることが、現代を生きる知恵になるかもしれない。そうしたなかで、我々一人一人が住んでいる土地を知るために行動を起こすとしたら、具体的に何かいい方法はありますか?

畑中:自分が生れたところ、また現在住んでいるところのことは、意外と知らないものです。本としては市史、町史のような郷土史が手がかりになりますし、とにかく歩いてみるのがいいと思います。これは見ず知らずの場所に行くときにも言えること、予想がつくつもりでいる日本の風景の中に何かを考えるきっかけが潜んでいます。

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新潟県南魚沼市の八海尊神社への道筋

―そうなんですよね。住んでいる土地ってあまりに当たり前に生活しすぎていて、歴史とかぜんぜん知らなくて、外に住んでいる人に教わることのほうが多かったりします。こないだたまたま生まれた地の豊田市の市史を読んでいたら、円空仏の記載があって、豊田市は個人蔵でかなりの数の円空仏があるって知ってさっそく見学しにいきました。それに、普段生活しているとだいたい通る道とか決まってしまっているけれど、ちょっと脇道にそれてみたりするだけで、見たことない景色が広がっているかもしれない。クルマのスピードでは目に入らなくても歩きなら見つけられる些細なものもありそうです。

<新美南吉と狐と祭り>

―今までこのトークシリーズ「忘れられたことを知ること」は東京で開催してきましたが、今回の舞台は愛知県です。愛知県には知多半島出身の作家・新美南吉がいます。畑中さんは『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか』というご著書がありますが、この本を作られたきっかけを教えてください。

畑中:新美南吉は『ごん狐』『手袋を買いに』『狐』といった、狐が登場する童話でよく知られています。みなさんもご存知のとおり、狐はお稲荷さんのお社に狛犬の変わり坐っていたり、昔から人と神様を媒介する動物だと認識され、信仰されてきました。南吉は愛知県知多半島で生まれ育ち、太平洋戦争前の近代化の途上で、ものごとを考え、童話を書いた人です。そんな南吉の童話のなかに、民俗学的、宗教学的な「狐」像が秘められているかも知れない、と思いついたのがこの本を書くきっかけでした。

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愛知県半田市にある新美南吉の生家

―民俗学的、宗教学的な「狐」像について、もう少し教えて頂けますでしょうか。また、南吉にとって、愛知県知多半島という生まれ育った土地は、作風、世界観に影響をあたえているでしょうか。

畑中:狐は米の神である「稲荷」のお使いなんですね。なぜ狐がお使いになったのかは諸説ありますが、穀物を食い荒らすネズミを食べること、尻尾の形が稲穂に似ているためだともいいます。また狐は人に憑いたり、人を騙したりするという言い伝えもありますね。南吉の作品と知多半島の結びつきはとても濃厚です。そもそも童話の舞台のほとんどが自分の生家の周りですから。

―人に憑いたり、騙したりする狐。いまではそういうふうに考える人は少なそうですが、ある時期まではそれが当たり前で、だから狐は神様を媒介する動物だと考えられたのでしょうか。『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか』であらためて新美南吉に出会えた気がしました。とても面白かったです。そして、今回のトークの舞台が愛知県である理由の大きな一つとして、奥三河で700年以上前から続けられている「花祭り」に坂本大三郎さんと共にご参加頂きます。どのようなところを楽しみにされていますか?

畑中:じつを言うと「花祭り」を見にいくのは初めてなのです。三信遠、愛知県と長野県と静岡県の県境には、春の豊穣を祈願する数多くの祭事があります。ぼくはこれまで「遠山の霜月祭り」「新野の雪祭り」を見たことがあるので、それらと「花祭り」がどのように違うか、どのような部分が似ているかを感じたいと期待しているところです。

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長野県飯田市南信濃の「遠山の霜月祭り」

―「遠山の霜月祭り」や「新野の雪祭り」、今回の「花祭り」など、日本列島の各地で歴史ある祭りが現在も行われていますが、そういった祭りを初心者が楽しむいい方法はありますか?

畑中:「民俗芸能」の楽しみ方には、いくとおりもあると思います。音楽に注意してもいいでしょうし、仮面に関心を抱くのもよいでしょう。何よりも地域の人々が何百年も継承してきたお祭りが、いま目の前で演じられているという感動は、いちど体験してみると繰り返し出かけて行きたくなるものです。そして古くから伝わる貴重なお祭りほど、交通が不便な場所に残されています。村里に神様が降りてくる瞬間に立ち会うことができたら、皆さんもきっと病みつきになることでしょう。

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長野県松本市入山辺地区で行われる「貧乏神送り」

―ありがとうございます。僕自身も「花祭り」に今回初めて参加するので、とても楽しみです。最後に、3/8に坂本大三郎さんと行う『忘れられたことを知ることvol.3〜祭りは山伏が運んできた〜』はどのような展開になりそうでしょうか。イントロダクションと、お越し頂く皆さんにメッセージをお願い致します。

畑中:山伏である坂本さんとお祭りを見たあとのトークですから、なによりも「花祭り」に山伏が果たしてきた役割について聞いてみたいですね。ぼくのほうからは山伏以外の旅芸人、瞽女や門附の話、もちろん新美南吉の話もするつもりです。実際に山伏の話を聞くことも少ないと思うので貴重な機会だと思います。

―花祭り経験者も、花祭りは遠くていけないけどテレビ塔ならという人にも、ぜひお越し頂きたいですね。お忙しいところありがとうございました!

3/8のトークをより楽しむための畑中章宏さん推薦図書
早川孝太郎『花祭』(講談社学術文庫 )[Kindle版]
『民俗芸能探訪ガイドブック』(国書刊行会)
三上敏視『神楽と出会う本』(アルテスパブリッシング)


 

日時:2015年3月8日(日)
カイツブリの塔
トーク『忘れられたことを知ることvol.3〜祭りは山伏が運んできた〜』

会場:名古屋テレビ塔2F特設会場
時間:開場17時 開始17時30分 終了19時
出演:坂本大三郎(山伏)、畑中章宏(作家・編集者)
料金:2000円(展望台割引券付き)
詳細:http://towerofgrebe.tumblr.com/post/110696637769/x-vol-3

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