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FEATURE / 特集記事 Dec 07. 2016 UP
【 SPECIAL REVIEW:やっとかめ文化祭2016 】
失われていく記憶と景色をつかまえて。
都市の詩(うた)に、先人たちの声に、耳を澄ませば…。

 

やっとかめ文化祭2016:尾張の和菓子ものがたり

INTERVIEW:

御菓子司「菊屋」店主・小山孝

 

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昭和9年に創業された老舗和菓子店「菊屋」。この店自慢の「ういろう」を求め、朝から列ができ、昼には完売してしまうという。そんな人気店ではあるものの、店構えは街の中にひっそりと溶け込み、決して大きな店ではない。

 

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この店の主人・小山孝さんは2代目。先代の親父さんのつくっていたういろうの味がどうにも気に入らず、オリジナルの製法を編み出し、日々美味しいういろうの味を追求し続ける日々だったという。ちなみに、すでに通がうなる味わいで人気となった現在も「いまだその味の完成には至っていない」と言うほどの飽くなき探究心の持ち主だ。

 

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自慢のういろう。こちらは風味たっぷりの「桜」。色粉は使ってないのだそう。

 

職人気質な性格は仕事だけではなくプライベートにも及ぶ。昔から多趣味で、写真と無線に凝っていて、最近ではなんとパソコンも使いこなすほど(笑)。奥のバックヤード的な部屋で取材対応していただけるということで、部屋に入ると、PCが3台!「このスキャナーで写真を取り込むと、ほら、こっちのタブレットに転送されてくるんですよ。コレ知ってますか? 顔検索もできちゃうんですよ?」と端末片手に写真を次々とタップしスライドさせて見せてくれる…そんな気さくで無邪気な小山さんに、美味しいういろうとお茶をいただきながら、ざっくばらんにお話を伺っていくと、ご主人ならではの力強い生き方が見えてきた。

 

 

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Interview : Hitomi Niwa [ YATTOKAME FESTIVAL ]
Text&Edit : Takatoshi Takebe [ THISIS(NOT)MAGAZINE, LIVERARY ]
Photo : Sara Hashimoto [ LIVERARY ]

 

18歳。兵庫、京都の和菓子店へ修行に。

―昭和9年創業ということですが、和菓子職人としては今年で何年ですか?

小山:もうかれこれこの道50年ですね。高校を卒業とともにすぐに兵庫の和菓子屋へと修行へ放り出されましたね。昔はね、今よりもずっと厳しい世界だったんで、朝5時から深夜まで働いて、睡眠時間を削って働いてましたね。で、自分は「こんなところでは修行できん!」って言って(笑)。そこから和菓子処・京都の老舗中の老舗「長久堂」へと移らせてもらったんです。そこは、朝9時から18時まで。で、前の仕事の影響もあって朝早くに目が覚めてしまうんですが「寝とれ!」って言われて逆に怒られるような、そんなところでした。その当時は役者さんや大きな会社の社長さんのところへお菓子の出前に行ったりもしたんです。デビュー前の北大路欣也さんにも会えましたよ。チップもたくさんもらえました(笑)。菓子作りの修行ももちろん勉強になりましたが、今思い返すと、そういうそこでしか経験できなかったことがいっぱいありましたね。

写真が好きでその当時から写真をたくさん撮っていた、という小山さん。自由な性格は職場でも受け入れられ、当時は珍しかったカメラ片手にあちこちに呼ばれては記念写真を撮っていたと話す。趣味の写真は小山さんのコミュニケーション手段のひとつとして、見知らぬ土地での交流のきっかけになったのだろう。京都での「修行」の場は、こちらが想像していたよりも、なんだか楽しそう。そして、ご主人の趣味「写真」は生業である和菓子作りにも活かすことができたという。

 

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小山:当時、先輩が作る和菓子の写真も撮りためて研究していたんです。しかし、カラーフィルムが高価だった時代なのでね、モノクロで撮っていました。それで形は記録できるけど、色がわからないでしょ? だから、裏面に自分で色鉛筆で絵を描いて色あいをメモしていたんです。

 

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写真の紙焼きそのものは保存してあるが、奥から引っ張り出してくるのが大変だということで(笑)こちらはカラーコピー

 

小山:京都の和菓子っていうのは味も大事なんですが、その「形」の美しさが重要視される文化でした。だから、親父に実家に呼び戻されて手伝い始めた頃は、まんじゅうとかういろうとかもつくっていましたが、戻ったばかりの頃は京都で覚えてきた京菓子の洗練された見た目のかっこいい菓子をつくってやろう!と思って、ワーッと並べてたんですが、ダメでしたね(笑)。名古屋では見た目重視は受け入れられてもらえませんでした。

 

美味しいものを美味しい状態で食べてもらいたい。

名古屋と京都の和菓子文化の違いに一旦は愕然としてしまった小山さんだが、何か店に名物を作りたいという思いで名古屋名物の「ういろう」に焦点を絞り、試行錯誤を続け、現在のどこにも負けない菊屋自慢の「ういろう」が誕生する。

 

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「抹茶」の風味豊かなこちらは、近所のお茶屋さんで買い付けた本物の茶葉を使用している。「美味しさを追求したら色粉なんて使えないよ」と小山さん。

 

丹羽:すぐに売り切れてしまうほどの人気となった「ういろう」ですが、毎日、どれくらいの数作るんですか?

小山:一日だいたい80本くらいですね。なんでもそうかもしれませんが、出来たてが最高に美味しいんです。だから、なるべく早くいい状態で食べてもらいたいというのもあって、無駄に作り置きしたりはしません。今日作った分が今日のうちにはけてしまうくらいの量でつくって、無くなったらまた作る。それでいいんですよ。

保存料や添加物を入れていない身体にもやさしい菊屋の「ういろう」は大量生産はせず、大きなデパートなどにも卸していない。このスタンスは職人気質の小山さんならでは。彼の菓子作りに対する哲学は「美味しいものを最も美味しい状態で食べてもらいたい。」この言葉に尽きる。

 

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創業当時の菊屋の写真もデスクトップの中に。

 

丹羽:ちょっと気になったのですが、小山さんが先代から継いだこのお店。小山さんが引退した後はどうなるんでしょうか? 息子さんは2人いると聞きましたが、後は継がれていないんです?

小山:息子は一人はシステムエンジニアになってここのパソコンの設備とかもね、全部息子がやってくれたんです。もう一人はまだ家庭にパソコンが普及していなかった頃からコンピューターをいじっていたんで、Adobeのデモンストレーターってのに選ばれてね。広告とかつくったりしてるグラフィックデザイナーをやってます。で、「そんなすごい人材を放っておくのは勿体無い」って言われて大学に講師として呼ばれるようになって、今では先生もやってるんですよ〜。和菓子屋なんてね、早朝〜深夜まで働かなくちゃいけないから息子が跡を継ぐか迷ってた時に、逆にこっちから「辞めとけ!」って言ったくらいです(笑)。

 

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小山さんの職人気質のDNAは確かに息子さんたちにも受け継がれ、別の道でその力を発揮しているようだ。「自分の息子に後継ぎになってもらいたい」という思いもあったかもしれないが、そこはポジティブな小山さん。食生活の変化とともに和菓子需要がなくなってきているという時勢にについても、明るい返答が返ってくる。

小山:和菓子の需要は減ってきているのは事実だけど、今ってパンブームが来てるでしょ? ブームは10年周期で変わっていくんですよ。だから、そのうちまた和菓子ブームが来るって思ってるんです。

その昔、店の前には路面電車が走っていて、商店もたくさんあり賑わっていたのだそうだ。現在はどこも閉めてしまってほとんどお店は残っていない。菊屋が店を構える新栄周辺はどちらかと言えば、隠れ家的な飲み屋などが多く、夜の街のイメージが今は強い。

しかしながら、「そんな時代の流れに嘆いていても仕方がないじゃないか」と言わんばかりに小山さんの顔つきは明るい。兵庫・京都での修行時代、名古屋に戻ってからのういろう作りへの挑戦と格闘、路面電車の廃線とともに街が変化していく時代も越え、今は昔の写真を振り返ったり、人にプレゼントしてあげて喜ばせたり……そこにほとんど苦労話は挟まず、楽しそうに話し続ける姿は微笑ましい限りだ。常に前を向いている小山さんの明るい性格と、その裏側には力強く生き抜いてきた人生を感じ取ることができた。

 

最後に今回取材同行した「やっとかめ文化祭」スタッフ・丹羽仁美さんからのコメント

たのしく生きる知恵を蓄えていらっしゃるようでした。
広く宣伝することなく、自分たちの手の届く範囲で自分たちの幸せを形にしていく。
幸せが一定のものでないように、時代と共に店も、商品も変化しました。
お2人の幸せがういろうであり、名古屋という土地を離れない。
それがおいしさとなり、ういろうを手にする人たちへ届いているのだろうと思います。

たったひとつの和菓子にも多くの記憶やエピソードが秘められている。無数の営みが積み重ねられてきた都市は数え切れないほどの物語ができているのかもしれない。

 
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続いては、「やっとかめ文化祭」ではおなじみの企画「なごやまち歩き」の1コースより「塩付街道とお地蔵様」に参加。先人たちが築いた文化とその歴史が蓄積されているまちなかの何気ない風景。時の流れを越えて、改めて光を当てるこのまち歩きが、現代社会を生きるわたしたちにとって大切な何かを思い出すきっかけとなるのかもしれない。

 

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