Youtube
instagram
twitter
facebook
ジョンのサン・立石草太「エヴリ・アポイントメント・キャンセル」 #03:畔柳、ゼリエース

「畔柳さん、来ます。手術が終わりまして、いまこちらへ向かっているそうです。みなさま、時間ももうありませんし、到着次第すぐ始めたいと思いますのでホールの方へどうぞ!」 

YODOのメンバーの中にはつい涙してしまっている者もいたと聞きました。
順番に私たち鑑賞者がホールへ歩き始める中、ジェット達は、ベースを担当していた観葉植物に話しかけ、大袈裟に耳打ちされるような素振りをし、このように言いました。
それはあまりにもファンシーな、すごく無理のある締めの台詞で、誰も笑う者はいませんでしたが、本当は私たちの多くが感動していました。

「ふむふむ!ああそうなんですか!先輩のバンドで?YODOっていうバンドが今から演奏するって?みなさん、先輩のバンドでYODOっていうバンドがあっちでやるらしいんで、行きましょう!」

 

1442898532433

20:30

ホールでは、小難しい緊張感もありましたが、私たち全員が微笑んでいるようにも見えました。
ステージ上で再度全体の音を調節しているメンバーは写真の通り無表情で、寡黙でした。
私たちの方がはるかにお喋りで、客席は「畔柳」の登場を待つあいだ終始がやがやしていました。
するとギタリストが、私たちからすると死角である舞台袖を見つめ、来た、と言い、その他のメンバーと私たちは固唾をのんでその方向を見ました。
そこでホールのスタッフがすたすたと機材をなおしに舞台袖から出て来て、私たちはタイミングからして間違いなくその人を「畔柳」だと思ったので、歩くのが速い事に一瞬驚愕してしまうという吉本新喜劇のような場面があり、程なくして、車椅子を後ろから押されながら、畔柳さんが現れました。

メンバーやスタッフが用意してくれたセッティングの中のキーボードの位置に畔柳さんが入り、サウンドチェックを始めると、ドラムのメンバーがすぐに、もう大丈夫やって!やろうよ、と注意したので、畔柳さんは展示の「畔柳」で何となくうかがえた通り、偏執が高まると周りが見えなくなる癖がある事がわかりました。
 演奏開始と共に流す映像が準備してあるらしく、その再生を畔柳さんがスタッフに頼むと、逆にスタッフから、そちらがもう準備よろしければ、と言われ、畔柳さんが右手の親指を立てた時、整った家庭環境で健やかに育った観客は純粋に感動したのでしょうが、それ以外の観客は、いまこの場面で畔柳さんが親指を立てることの圧倒的なサーカズムに腹を抱えたり慄いたりしていました。
畔柳さん自身はというと、私たちが散々見せられた様に、間違いなく前者であり、本当に親指を立てていただけなのですが。 

演奏は4曲、やる前からほぼ決まっていた通り、私たちの多くは、畔柳さんや私たち自身の過去、現在、そのあいだに横たわる時間の経過、現在において(かつてあって、もう無い)過去を敢えて見るという事、そして自己がどこまで行っても他者の中にありそれら全てを共有しているという事に、それぞれの考えをさまよわせながら畔柳さんの音楽を聴き、拍手をしました。

演奏後、メンバーの片づけを手伝いたくても手伝えない畔柳さんは、挨拶とモノローグのどっち付かずのような話をぼそぼそと始め、私たち全員に、この話は素晴らしい今日において唯一の蛇足だという気付きが行き渡ったその時、前日から練習を繰り返したという三ツ矢さんのお母さんのアナウンスがホールにしっとりと響きました。 

「これをもちまして、ヨード、メモリーズ公演を、終わります。みなさま、お気をつけて、お帰りくださいませ。」

1

2

立石草太(たていしそうた) 名古屋出身。1982年生まれ。2002年、高校の同級生だった友達とジョンのサンというバンドを結成し、現在まで活動。 http://jonnoson.web.fc2.com/

RELATED
あなたにオススメする関連記事


PICK UP
特集・ピックアップ記事

LATEST
特集・ニュースの最新記事

RANKING
今読まれている記事

COLUMN
最新の連載コラム記事