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FEATURE / 特集記事 Mar 03. 2016 UP
【SPECIAL INTERVIEW】
「ピカソ、天才の秘密」展と連携コンサート「ピカソの見た夢」。
関係者が語り尽くす、多面的な“天才”ぶりを発揮した画家・ピカソの秘密。

FEATURE:塩津青夏(愛知県美術館) × 菅生知巳(名古屋フィルハーモニー交響楽団)

 

ピカソと同時代に活躍した、音楽家たちの秘密。

 

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菅生知己

 

―じゃあ、ちょうど今の話の流れでバトンタッチ!ということで、名フィル・菅生さんに今回の関連イベントであるコンサート「名フィルで聴くピカソ/ピカソの見た夢」についてお話を伺っていきたいと思います。

菅生:ピカソの絵がどんどん変化していったように、音楽の方ではストラヴィンスキーもそういう感じで、毎回曲を書くごとにスタイルが違っていくんですよ。同じ人の曲とは思えないくらいで。特に、今回演奏する『プルチネッラ』と、バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)でやった『春の祭典』なんて、もう全然別もんだし。スコア見てても、同じ作曲者だなんて思えない。

中村:そうなんですか!

菅生:さっきピカソの流れを聞いてて不思議だなって思ったんですけど、ピカソとストラヴィンスキーは似ているような気がして…。ストラヴィンスキーも同じように「新古典主義」をやってるんですよ。始めはものすごく鮮烈なことやって、それが『春の祭典』を出してもうむちゃくちゃになって、その後しばらく違うことやって「新古典主義」もやって…みたいな、たくさんのことやっていて。そこも含め、ピカソと流れがそっくりだなと思って。

塩津:そうですね。1914年に第一次世界大戦が起こって、ヨーロッパ全体が混乱の時代を迎える。それに対して、もう一度秩序や古典的な美を見直そうという動きが、ピカソだけでなくヨーロッパ芸術の大きな流れのなかで見られるようになるんです。ピカソもキュビスムというアヴァンギャルドの最前線から、180度方向を変えたような、「新古典主義」の時代に入っています。

中村:それと同時代の曲を今回演奏されるんですか?

菅生:そうです。今回演奏する曲『パラード』は見世物小屋が舞台で、そこに客を呼び込みするっていうお話なんですけど。ブティフォンっていう、ガラスの瓶を叩いて音階をつくる楽器が出てくるんです。ほんとはね、ワインの瓶が音階になってるおもちゃがあって、それを酒場で叩いて遊んでいたみたい。そういう音が曲に入っているんですよね。2013年にパリ・オペラ座バレエ団が日本で公演した時、オペラ座から打楽器奏者が来ていたんですけど、舞台上に鍋と鍋蓋があって、それを叩いてたんです。その時期って割と酒場のドンチャン騒ぎがすごかったんだと思いますよ。あとピストルやサイレンの音が入っていたり。

中村:えっ!ピストルって本物を使用されていたんですか?

菅生:それはわからないんですけどね。楽譜には、ピストルじゃなく「リボルバー」って書いてあって、6発の音が出てくるんですよね。なぜならリボルバーには6発しか弾が入らないから。だからライフルじゃないし、マシンガンでもないし、リボルバーじゃなきゃダメなのだけど、レンタル屋が持ってるかどうか…。福引きのゴロゴロってやる音も出てくるんだけど、前回演奏した時は名古屋市民会館のホールの抽選に使うやつを借りて(笑)。

塩津:タイプライターとかも(楽器として使用される形で)出てきますよね。

中村:そういった当時の人々の生活の中にある日常的なものや、自作楽器みたいなものを敢えて取り入れていたんですか?

菅生:敢えて、でしょうね。一番最初に賑やかな水の音がしているところから始まっているんですが、作曲者のサティが珍しく楽譜に何も書いてないんですよ。あの人、結構変なことまで楽譜にコメントみたいに書いてあるんですけどね(笑)。ちなみに、彼は全然売れてなかったけど、ものすごい面白い人で。こんなエピソードがあって、ある出版社が、ストラヴィンスキーに本に曲を付けてくれって依頼したんですって。要するに本があって、絵があって、その下に楽譜を付けて売ろうってことで。でも彼のギャラが高すぎて予算に見合わなかった。それで今度はサティに頼みに行くんですね。ストラヴィンスキーに断られたギャラよりも、低い提示額で出版社側は出していたのに、「高すぎるから、もっと安くていい」ってサティが言って、ものすごい安い値段で引き受けたっていう話があるんです。それは『スポーツと気晴らし』って作品なんですけどね。そういう意味ではサティは、かなり逆らっていた人かな。あちこちに散文的なのがあるんだけど、いまひとつわからない。曲を聴いてても頭に残るような音の雰囲気でもないし…。CD買おうなんて絶対思わない(笑)。

―サティのことがすごく気になってきました(笑)。楽曲的には、複雑な現代音楽みたいな感じってことですか?

菅生:いや、“現代音楽”って言うと、またややこしい話になるんだけど…。現代的でもないし、クラシックでもないし、あんまり時代を感じさせないんですよ。サティ自体は昔のギリシャ音楽にすごいハマった時期もあって、音だけ聴いてるとそういう曲もあるし、女の人が書いたようなすごい美しい曲もあるし、子どものための童謡とか、今で言ったら環境音楽みたいなものとか…結構いろいろ書いてるんですよね。でも、基本的にはキャバレーのピアノ弾きの仕事で飯を食ってたみたい。だから、今回の「ピカソの見た夢」の公演では、ストラヴィンスキーとサティとが曲目に並んでいますけど、当時の彼らの立場は全然違うんですよね。

中村:私、ちょうど去年、サティ展で『スポーツと気晴らし』の絵や、ピカソが手がけた『パラード』の衣裳も見ました!

塩津:ピカソの手がけた衣裳も面白いですよね。キュビスム風の衣裳で、ニューヨーク・マンハッタンの摩天楼みたいなものをスポッと被ったような衣裳とかあって。緞帳(どんちょう)もピカソが描いてて、そっちは新古典主義のスタイルの絵で、緞帳が上がるとキュビスム風の衣裳でダンサーが出てきて、サティの音楽が流れて、背景はやっぱりキュビスム風で…。

中村:すごいですよね!当時の舞台を見てみたかったです!

 

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塩津:菅生さんに質問なんですが、今回の曲目って、普段なかなか演らないプログラムなんじゃないですか?

菅生:『パラード』は、名フィルとしては2007年以来2回目です。今回、演奏する『カルメン』の時期から『パラード』って全く違う曲に聞こえるくらい違うんだけど、言っても数10年なんですよ。その間にありえないくらいめちゃくちゃ変わってる。というか、サティが相当抜けてたんだ、と思いますけどね。全く誰にも相手にされないくらい評判取れてない人ですからね。この当時そんなに売れてないのに、「何でバレエ・リュスがサティに依頼したのか?」ってところが僕はわからないですけど。

塩津:サティには、ジャン・コクトーが声をかけたみたいですよ。セルゲイ・ディアギレフというバレエ・リュスの伝説的なプロデューサーがコクトーに「わたしを驚かせてごらん。」と言ったそうです。それからずっと考えて、実現したのが『パラード』。作曲をサティ、美術をピカソが担当して、コクトーと協働して作り上げていったようです。

菅生:それなら、「驚かせる」っていう意味では大成功だったでしょうね。

塩津:そうですね。当時としてはあまりに斬新だったので、初演は非難轟々、賛否両論を巻き起こしたんですよ。

中村:ちなみに今回演奏するストラヴィンスキーの曲『プルチネッラ』の衣裳も、ピカソが手がけていたんですか?

塩津:そうなんです。先程もお話した、バレエ・リュスのプロデューサー・ディアギレフが「ペルゴレージという人の原曲を編曲してくれ」とストラヴィンスキーに音楽を依頼して、衣裳と美術をピカソに依頼した。3人は議論しながら、バレエを創作していったんです。

当時のパリというのは、天才が何人もいる場所でした。ピカソや他の絵描きだけじゃなく、バレエダンサー、作曲家、詩人、さまざまな才能を持った当時の第一級アーティストが集まっていたんですよ。そして、そこにカリスマ的なプロデューサー、ディアギレフがバレエ・リュスというバレエ団を率いて、舞台や衣裳、振付、音楽などをさまざまな芸術家たちと作り上げていった。当時、才能のある芸術家や革新的なことをやっていたアーティストのほとんどが、バレエ・リュスで何かを手掛けていた、と言ってもいいと思います。だからそういう場所として見ていくと非常に面白いですよね。ピカソだけを見ていると見えてこなかった当時のパリっていうのが、バレエ・リュスを通して立ち上がって見えてくる。

中村:当時、一番盛んだったカルチャーがバレエってことですか?

菅生:舞台芸術としてオペラとかバレエって、歌か踊りがあって、音楽があって、舞台背景があって、総合芸術って言われているんですよ。オペラの場合は歌を歌うので、どうしても声を前に出すために後ろを反射板みたいに囲むんですよ。バレエは音のことを気にしなくていいからそれが無くていいでしょ。だから、美術家からするとたぶん、オペラよりバレエのが自由度が高かったのかなあと…。あと、単純にバレエはじっと歌を歌うオペラと違って、飛んだり跳ねたりするんだから、見た目も華やかだったでしょうね。

中村:なるほど〜。

菅生:その一方で、その時代のパリはものすごい怪しくて。

中村:怪しい!?それは、具体的にはどういうことですか!?

 

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菅生:「アブサン」っていうお酒があるんですがご存じですか?当時は知られていなかったんですが、強い中毒性があったんです。現行のものは違いますけどね。例えば、トゥールーズ・ロートレックがアルコール中毒で死んだって言われてるんだけど、あれ実はアルコール中毒じゃなくて薬物中毒なんですよね。そういう薬物が危険ってことが今みたいにわからない時代だったんですよね。

塩津:ピカソもアヘンに手を出していたそうです。「洗濯船」というアトリエに住んでいたころに、芸術家の仲間たちと一緒に……という話です。しかしそんな中、一人のドイツ人の仲間が死んでしまうんです。それがきっかけで、みんなアヘンからは手をひいてやめたそうです。

菅生:そういう非常に危ない時代ではあるんですね。要するにただのアルコール中毒じゃなくて、中毒性のものと知らずにみんな飲んでたんですよね。それによってモディリアーニやファン・ゴッホ、トゥールーズ・ロートレックみたいにどんどん身を持ち崩していったタイプの芸術家もいれば、立ち直った人もいるし。でもそういうのがあったのは事実。ドビュッシーなんてね、みなさんキレイな音楽なんて思ってるかもだけど、ものすごい二面性がある人だから。悪魔のドビュッシーの顔がある。そういう怪しい背景を理解して観たら、音楽も芸術も、もっとおもしろい気がするんですよ。

だから、この時代はお堅いクラシックというよりかは、そういう危ない感じなんです。日本の人が思うよりも相当違う世界だと思いますよ。さっきの木魚の話もそうですけど、そういうバックグラウンドを知っていると、単に「わあ、これピカソの絵ね~」とはならずに、生きてるピカソが浮かび上がってくる気がするんですよね。

塩津:たしかに、ピカソは「人間的にはちょっと……」と思うところもありますよね(笑)。作品そのものだけを見れば、芸術家としての才能は認めざるを得ない、でも人間としてはどうだったのか?というところを知ると、また新しい作品の見方が見つかることがありますよね。

 

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菅生:
なんかさっきから僕、下世話なことばっか言ってるけど(笑)。芸術家って言われている人は気高い感じがすっごいするんだけど、どうも本当はそんなことないんですね。やっぱりピカソは売れてから、相当作品を描いてますよね。だって描けば、お金になるんだから。そこで、逆に、サティがすごいなって思うんですよ。売れなくても曲を書き続けてるんですから。売れる気もないし…。

中村:サティは、亡くなってから評価されたってことですか?

菅生:そこまで評価もされていなくって。ほんとひどいもんで、「サティって誰?」っていう感じ…。逆に言ったらストラヴィンスキーは、ロシアから出てきてパリでバレエ団とやって、『火の鳥』でドカーンと売れて、それで食えるんだもん。あとは好きなことやってる。ドビュッシーもそうで、ピアノ教室をやってたんだけど、食えないから自分の結婚式の朝までピアノを教えてたみたい。それが徐々に売れてきて、サティと仲がよかったからサティを売ろうとするんだけどやっぱりうまいこといかない。やっぱり生活をしてるって感じですよね。だからそういう意味ではピカソもキャンバスの上からほんとに塗ってただろうし。絵描きは絵を描かないといけないし、音楽家は音楽をしないといけないっていう時代なんですよ。そうしないと食えなかったんです。でも、一般的な人からすると、毎日みんな工場に行って働いている時に、夜だけピアノ弾きに行って…ってのはすごい変な人に見えるだろうね。何して食べてるんだ?って。本人たちは、めちゃくちゃ必死だったろうけど…。

中村:現在では、天才や巨匠なんて呼ばれる芸術家たちにも、貧乏な時代があったんですね…。

塩津:芸術家同士で物やお金を貸したり借りたりして助け合いながら制作していたんです。でも、時間がたってから他の芸術家が「ピカソに貸したものをまだ返してもらってない」とか言われて、恨みを買ったりしていますね。ピカソも今では絵画が一枚100億円というレベルですが、若いころは今でいう数千円、数万円で売ったりしていた。この展覧会に出品されている作品の値段も、現在は、ものすごい値が上がっていて…。

―ちなみに、どれくらいの値段なんですか?

塩津:今回の展覧会のために集められた作品の評価額を合計すると、700億円くらいになります。

―すご〜!(笑)

中村:700億円って、もう想像もできない大金ですね。

塩津:そうですね。美術館と劇場などが入っている、この愛知芸術文化センターがもう一棟建てられるかもしれませんね。

中村:当時貧しかった「青の時代」の頃のピカソに、「今ならあなたの描いた絵でこの建物が建ちますよ」って言ったら、どう思うんでしょうね(笑)。

一同:(笑)。

―ピカソの貧乏時代の苦労も想像しながら、作品を観てみるのもおもしろそうですね。彼にまつわるエピソードを聞いているうちに、なんだか少しだけ、天才・ピカソと親しくなれたような気がしました。

中村:私も知らないことだらけで勉強になりました〜。もっとお話聞いていたいくらい楽しかったです。本日は、貴重なお話、ありがとうございました!

 

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美術館の学芸員である塩津さんと、名フィルのプレイヤーである菅生さん。そして、カルチャー系女子、中村さん。普段はフィールドの違うそれぞれの場で日々を過ごしてきた、3人が話す機会はもちろん今回が初めて。「ピカソ」というキーワードを通して、大いに盛り上がった今回のクロストーク。天才・ピカソもきっとおもしろがって聞いてくれていたのではないでしょうか。

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イベント情報

2016年1月3日(日)~3月21日(月)
ピカソ、天才の秘密
会場:愛知県美術館 (名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター10階)
時間:10:00〜18:00 ※金曜日は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:毎週月曜日(ただし、3月21日[月・振休]は開館)
出品:全79点(油彩:28点、版画・素描:50点、彫刻:1点)※前期のみの出品作品:6点、後期のみの出品作品:5点
※期間中、一部作品の展示替えを行います。
【前期】1月3日(日)~2月14日(日)【後期】2月16日(火)~3月21日(月・振休)
※3月1日(火)〜3月21日(月)の間、コレクション展およびAPMoA Project, ARCHは展示替えのためご覧になれません。
問:愛知県美術館 TEL:052-971-5511(代)
公式サイト:http://www.chunichi.co.jp/event/picasso2016/

 


 

2016年3月20日(日・祝)
ピカソ展連携コンサート「名フィルで聴くピカソ/ピカソの見た夢」
会場:愛知県芸術劇場コンサートホール(名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター4階)
時間:15:00開演
曲目:
サティ/バレエ音楽「パラード」
ビゼー/「カルメン」第1組曲より抜粋
ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第2組曲
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「プルチネッラ」全曲版〈声楽付き〉
出演:
指揮/井﨑正浩、ソプラノ/高橋薫子、テノール/中井亮一、バス/鹿野由之、管弦楽/名古屋フィルハーモニー交響楽団
※講演の詳細、チケットの取扱いについては下記にお問い合わせください。
問:愛知県芸術劇場
TEL:052-971-5609
http://www.aac.pref.aichi.jp/syusai/picasso/index.html

塩津青夏(しおつせいか)
2010年より愛知県美術館学芸員。1985年鹿児島県生まれ。専門は戦後アメリカの抽象絵画。最近、担当した主な展覧会に「『月映』展 田中恭吉・藤森静雄・恩地孝四郎」など。

菅生知巳(すごうともみ)
名古屋フィルハーモニー交響楽団打楽器奏者、名古屋芸術大学音楽学部非常勤講師。京都市立堀川高等学校音楽科、京都市立芸術大学音楽学部卒業。大学在学中、リヨン(フランス)に短期留学。Percussion Clavier de Lyonと共演。1994-95年に国際ロータリー財団奨学生として、ストラスブール音楽院に留学。1998年に名古屋フィルハーモニー交響楽団に入団。在学中より打楽器奏者・首席客演ティンパニストとして、国内外のオーケストラに客演を重ねる。現代曲のソリストとしても作曲者からの依頼により多くの初演を行なっており、2007年にはE. Plasson指揮、名古屋フィルハーモニー交響楽団の賛助会員スペシャル・コンサートで2夜にわたり、E. Séjourné《ヴィブラフォン協奏曲》のソリストを務めている。

中村彩乃(なかむらあやの)
愛知県在住。普段は、OL事務職。映画館、ギャラリー、美術館へ週1で通い、本屋へは週3、そのまま喫茶店で読書の時間を過ごす…といったライフスタイルを日々送っている、カルチャー系女子。好きな音楽ジャンルはポストパンク。よく行く服屋は、栄のセレクトショップ「unlike.」。

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