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FEATURE / 特集記事 Jul 09. 2015 UP
【SPECIAL INTERVIEW】三重在住の幼なじみ4人組インストバンド、tioから溢れ出る等身大の音楽。

TOKUZO(今池) | tio New Album「1984」Release Tour Final

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写真左から、水谷真大(Gt/Pan)、新美耕介(AGt)、下田貢(Ba)、伊藤祐介(Dr)

SPECIAL INTERVIEW:
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幼なじみ4人による絶対的なフォーピース・インストバンド。

淡い青春時代をともに過ごした仲間と戦えるチームには、やはり自然体のグルーヴが宿るのでは無いだろうか。例えば、東京にはシャムキャッツやGellersといった同じ境遇のバンドがいる。そして、このtioというバンドも彼らと同等の(もしかしたら勝るくらいに)本当に良好な関係が築けているバンドのひとつだ。

「メンバーがいつのまにか自分の家にあがってきていて…」なんていう家族か恋人かのような仲良し過ぎるエピソードも交えながら、当たり前にしてそこに居る存在となっていた4人。彼らが楽器を持ち寄り向かうのは、周囲には畑仕事にやって来る地元民しか見あたらない桑名の山中にあるプライベートスタジオ。そこから四日市市内にある彼ら縁のカフェへ…。4人の<根源>であり、<現在>である地元・三重にて取材を敢行。ローカル(地方)に身を置き、ゆったりとした景観と時間の流れとともに、生活と音楽とを続けるひたむきな信念と野心、音楽に対する飽くなき追求と葛藤…。そこに見える彼らの魅力とは何なのか。tioという名の音楽と人に、じっくりと向き合ってみました。

Interview : Ruri Miura [ LIVERARY ]
Text & Edit : Takatoshi Takebe [ THISIS(NOT)MAGAZINE, LIVERARY ]
Photo : Ryota Evina [Sundwich.inc , LIVERARY ]


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三重県桑名市某所にて

初期衝動からの紆余曲折


―みなさん、幼なじみということですが仲がいいと聞いています。

下田:
僕と新美が、実家がすごい近くて。小・中学校一緒で、よく地元仲間で一緒に遊んだりしていましたね。
新美:下田がベースをやりだしたきっかけが、実は僕の家からベースを持って行ったのがきっかけなんです。下田はだいたい今でも僕の家に勝手に来たりしています。

―お互いに音楽的な影響を与え合ったりも?

下田:
音楽はもともと好きで、当時はハイスタとか山嵐とかその辺聞いてました。で、楽器に興味はあったんですけど買うまでではなかったんです。それで貸してもらったのを機にそこからやるようになりましたね。

―では、水谷さんと伊藤さんのお二人の接点は?

水谷:10代の時に一度、一緒にバンドしていました。ちなみに、新美と下田の2人も一緒にバンドやってたんです。
下田:しかも、三人(水谷・新美・下田)は高校の時のバイトが一緒だったんです。寿司屋で寿司を握っていました。

―もはや腐れ縁っていうか、やっぱすごい仲良しなんですね(笑)。4人それぞれが2つに分かれて別のバンドをやっていて、その後、tioに至った経緯は?

水谷:結局、2バンドとも解散してしまって、その後、僕と新美で連絡は取りあっていたんで、一緒にバンドをやろうかっていう話になって。tioの原型はまずその二人で始まって、その後に、下田、伊藤が入ってきた流れです。

―なるほど。その以前やっていたバンド名とかどんな音楽やってのたか?が気になりますね。

新美:いや…バンド名はちょっと恥ずかしいんで言えないすね!(笑)
水谷:ちなみに、そっち(新美と下田)のバンドはジャンル的にはハードコアだったよね?
新美:そう。
伊藤:僕と水谷でやってたバンドは、もう何て言ったらいいのかわからないです。
水谷:なんかもう不協和音でした(笑)。

―初期衝動的な?

水谷:いや、そんな格好いい感じでもなくて。なんかもう、すごい自信があって…自分たちがすべてだったんで…「どう?イイでしょ!?」みたいな。
伊藤:勘違いしてたよね…「天下取れるんじゃないか」くらいの。
水谷:その年頃特有のね。変拍子もたくさんあったりとか。tioを組んで1年目も結構そんな感じだったかも(笑)。

―そうだったんですね(笑)。じゃあ逆に今は自信がない?

水谷:
tioも最初の頃は、自信満々でしたね、ほんと。それがいろいろ経験していくなかで…「あれ?おや?」みたいな(笑)。
伊藤:世の中には、すごい人らいっぱいおるぞって気づいて。

―その頃は、ずっと三重だけでライブをしていたんですか?

水谷:結成したばかりの頃はそうですね。
伊藤:最初の1年くらいはあんまり対バンっていう形式は経験しなくて、僕らだけ呼ばれてのカフェイベントみたいなのが多かったんです。だから、他にバンドが出てなかったりで、僕らがメインでっていう感じだったので、それで変な自信があったのかも。それで、外に出て行くようになって、いろいろ対バンを重ねていく中で「わぁ凄い人いっぱいいる!」って気付いていったみたいな。

―最近は「GO OUT CAMP」などの野外フェスにも出演したりと、かなり活発に活動しているtioですが、もうその折れた心は治ったんですか?

水谷:いや、も〜全然。治らず。

―(笑)。

水谷:もちろん、演奏は思いっきりやる気出してやっていますけど、基本的な考え方としては常に精進という感じで。最初の頃に、旅団っていうバンドのジャンベの方が三重県民で、結構よくしてもらっていたんですよ。それで凄い有名な人たちともご一緒させていただいて。リハーサル風景とか、その後の立居振舞とか見ると、僕たちまだまだだなって。そういうのもあって1枚目は自主製作で出したんですけど、それから2枚目を出すのに3年くらいブランクがあるんですよ。まぁその間もライブはめちゃくちゃやっていました。ほとんどが県内でのライブですけど。

―作品を出しつつもライブ活動を続けて行く中でライブのスタイルに変化もあったんでしょうか?

水谷:最近はカフェやイベントとライブハウスが半々くらいになってきましたね。1枚目のアルバムはカフェなどの店舗でやらせていただくような音質とか音量の曲が多いんですけど。ライブハウスでやるようになっていって、やっぱり迫力ある音もやりたいな〜って。で、2枚目からそういう曲が増えてきて、同時にライブハウスで演奏することも増えてきたという感じです。

―なるほど。これまでに何か転機になったようなライブとかってありますか?あの時に打ちのめされたから、今の俺たちがある!みたいな。

一同:ん〜〜〜…(悩)

新美:まぁ、毎回「くやしい」ってのは思っちゃいますね。スポーツでもそうですけど、練習通りのことって絶対に試合本番でできないっていうじゃないですか。70%の力を出せたらいいんじゃないかなって思っていても、そこまでいけないときとか。がんばらないかんな〜と思うんですけど…。でも、同じジャンルの人たちとか歳が近いバンドとかと一緒にやったりして、力の差を見せつけられるとゾッとしてしまって…。僕たちと一緒の日に対バンして、僕たちとは比にならないくらい盛り上がったりとか。それであれよあれよという間に売れていくバンドとかもいますし。あとは単純にライブが終わった後の物販の行列だったりとか…そういうのでも「あぁ…」とは凹みますね。

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―初期衝動をぶちまけてた時期から、だいぶ揉まれて、いろんなことを知って…。

下田:そうですね。共演者を見る“見方”とかも変わってきましたね。

―常に勉強!の姿勢なんですね。では、さっき質問した「どのライブが印象的でしたか?」っての答えは特になしですか?

下田:どのライブっていうのは難しいかもしれないですね。出させてもらったライブは一緒に共演させてもらった人がいてもいなくても関係なく、常に「あそこをこうすれば良かった」とか反省点が見つかります。
新美:いろんなライブを見るうちに、今までだったら気づけなかったことがどんどん気付けるようになってきてて、今まで「ここまでいけるな」と思ってた壁がどんどん、どんどん、高くなっていっている感じ。でも、そういうのを追い求めるのもせっかく音楽をやっているんだからいいのかなって。なんか、一生満足いかないのもいいのかなって思ってます。


節目の年を迎えた、4人の今を写す『1984』。

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―新作アルバム『1984』というタイトルは、皆さんの生まれ年なんですか?

新美:そうですね。他にもいろんな意味合いがあるんですけど、ひとつは、メンバーは皆、今年で31歳になるんですが、今まで一緒にやってきた中での集大成、節目という意味で生まれ年にしました。
水谷:「僕たち昔からの幼なじみなんです」ってライブで対バンになった人たちに話すと「うらやましい」と言ってもらえて…。僕たち自身はそんな特別感なくやっていたんで、そう言われることで改めて、ずっと同じメンバーで長く関係を続けていくことは意外と大変なんだなって気付かされたので、そういう意味でも30という歳をこのメンバーで迎えたことに感謝しながら付けたタイトルなんです。

―なるほど。でも、友だちとしての関係にバンド活動が加わると、付き合いが難しくなることもあるのでは?

水谷:そうですねぇ…。まぁ基本的には仲は良いと思うんですけど、やっぱり20代後半からそれぞれの生活というか、20代前半までにはなかったような問題なんかもでてきて。そういう中でもやっぱりこの4人でやっていきたいというのがあるので。僕らの場合は、誰かがズバ抜けてリードしていくとかじゃなくて、4人に合うスタイルの活動で一番ベストなところを探りながらやっています。


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『1984』tio

―曲作りも4人で一緒に?

水谷:今作に関しては、主に僕と新美くんが母体みたいなのを作ってきて、それをみんなで広げるというのが多いですけど一曲みんなでセッションして作った曲もあります。それに、下田くんが作った曲も今回初めて入っています。

―今作は、曲によってかなり曲調が違っていて、音楽的振り幅を見せられる作品でした。

新美:基本的に僕と水谷で先に簡単なメロディーを作ってきて、それを広げていく感じなんですが。だいたい明るい曲は水谷が作って…。僕が作ると明るい曲がなかなかできなくて(笑)。たぶん、苦手分野なのかもわからないですけど。それで、それぞれ得意分野的な感じで作っていくんで、そこで明(=水谷)と暗(=僕)とで別れるんですよ。それを全員で固めていくと、なんか明るいのか暗いのかよくわからない曲ができあがることがあるんです。


―そこがバンドの個性になっていますよね。「meiro」という曲は、複雑な構造になっている感じがしました。

新美:「meiro」なんかはまさにそうですね。明と暗が入り混じって。それこそ4人で作った曲なんですよ。アルバム作ることが決まったときに「ちょっとみんなでセッションして作ってみようか」ってやって、できた曲なんですけど。だから、主導権…みたいなのがなくて、明るかったり暗かったりっていう曲に。

―みなさん、実際の性格も明と暗ではっきり分かれている?

下田:全体的に暗い感じです(笑)。極端な人見知りで全然人の目を見てしゃべれないタイプです。

―(笑)。

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日々の生活と音楽活動、そのバランス

―みなさん普段はお仕事もしながらバンド活動を続けているそうですが、働きながら、音楽を続けるという状況が望むスタイルなんでしょうか?

水谷:理想を言えば、やっぱり音楽だけで生活していきたいっていうのはあるんですけど。それはちょっと、どうしても難しいなって。だから、「続ける」っていうのを優先すると働きながらやるしかないって思っています。僕たちの場合、実生活が乱れてしまったら、音楽のほうにも悪い影響が出てしまう気がしています。

―仕事は仕事でやらないと、と。

新美:そうしないと厳しい状況もあるので。やっぱりこの4人でこれまでやってきたので、これからもこの4人でやっていきたい!っていう思いが強くあるんです。だから、今はこういう形になっている。そういうのもあってのさっきお話しした、アルバムタイトル『1984』は重みがあります。

―現実としては、結構売れているだろうなっていうバンドですら、バイトしていたりしますもんね。環境ってすごいバンドに影響が出ると思うんですが、tioが持っているプライベートスタジオも活動を続ける上でよさそうですね。

新美:この辺でスタジオ借りていてもぼちぼちの値段するんですよ。スタジオ代の出費がかさむことを考えたら、それならもう自分たちで練習場所を借りちゃった方がいいかなって。

RUN RUN RUN / tio  (private studio live session)

―練習スタジオの空気感ってあまりよくない、暗いイメージがあって。みんな煮詰まってロビーでうなだれてる…感じというか。そういうのをシャットアウトして自分たちだけの場所を持ってるっていうのは音楽性にも、つながっているんじゃないかと思います。あまり近くにいる地元のバンドとかに気を遣い過ぎたりとかしていると、そこの小さなコミュニティから抜け出せなくなったりということもあるでしょうし。

伊藤:そういう気を遣うとかはないね、たしかに。
新美:あと、ここの特典としては、近所のおばあさんが野菜とか採れた収穫物をビニール袋に入れてドアのところにかけておいてくれたりもします(笑)。

2軁E_MG_7280_Rプライベートスタジオ周辺の景色

―さきほどスタジオで演奏してもらった、「RUN RUN RUN」とか、メロコアっぽい音だな〜って思って。で、ボーカルがあってもいいなってくらいに思いましたね。インストというジャンルは、日本ではなかなかポピュラーになりにくいジャンルだと思うんですよね。音楽が好きな人じゃないとそこに行き着かないような。

新美:tio結成までの経緯として、まず僕と水谷の2人が公園でギターを弾いて曲を作り始めたので。一人がメロディーを弾いて、もう一人がバッキングを弾いてって感じのことをやっていて。最初はそれで女性に歌ってもらえたらうれしいなっていう風なことを言っていて。それなら行けそうという自信があったんですけど、そんな人がいなくて…それからやっているうちにどんどんインストみたいな感じになっていったよね?それで、ベース、ドラムに入ってもらって。で、今の編成になったっていう感じです。

―下田さんと伊藤さんは後からtioに加入したメンバーということになりますが、tioに誘われたときのバンドやりたいって気持ちはどれくらいあったんですか?

下田:最初は今ほど続くとは思っていなかったんです、正直。でもまぁ、やっていくうちに楽しいなって思えてきて。それにバンドをやり始めたことで、普通に暮らしていたら知り合えない人とも知り合えたりとか…工場でただ働いていたらまったく接しないような生活とか、生き方の人とも知り合えたりとか。そういうのはやっぱり楽しいなって。
伊藤:僕は、その当時、初めてドラムセットを買ったんですよ。で、そのドラムを叩きたいなぁって独りでスタジオに入ってポコポコポコってやっている中で、誰かと合わせたいなって思ってる時にマーくん(水谷)から誘われて。それがtioだったんですよ。それで、合わせているうちに「あぁ楽しいな」ってなって続いている。なんかみんな面白いこと考えてるなって思って、やろうやろうみたいな感じで今に至ります。
水谷:当時は今よりもハードな仕事しているメンバーもいて。みんな1回は仕事を変えてるんですよ。バンドを始めて1年くらいで。スタジオの時間とかが合わなかったりしたんで。だから、週末休みの仕事に変えて。

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―転職してまで、バンドを続けようと思ったのは、やはり単純に楽しかったから?

水谷:そうですねぇ。音楽で食べていくとかではなくて、今の生活があって…もしかして音楽がメインになるかもしれないですけど、それってやらないと変わらないじゃないですか。
新美:最初は単に「遊ぼうよ」っていうような感覚だったんですよ。共通の友だちは他にも何人かいて、みんなで遊んでいたんですけど、その中にバンドやっている人もいて。僕と水谷はその当時はやっていなかったので、「あ〜いいなぁ。バンドやってるっていいなぁ」って同級生のバンドマンに嫉妬していて、その中で悔しいとか思っていて。

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―俺は何もやってない…みたいな?

新美:うん、でも…本当にバンドがやりたかったんです。なんかもう悔しくてね。
水谷:ライブ行くたびに、帰り道に「やりたいなぁ」ってぼやいてしまってました。
新美:何かしたいっていう衝動はずっとあって。だから、水谷がDJもやっていて、彼のイベントに遊びにいくだけでも、うらやましいと思っていた。何にもしないで、お客さんで行ってるだけの自分っていうのがすっごく悔しかったですね、今思えば。

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イベント情報

 

2015年8月9日(日)
tio New Album「1984」Release Tour Final

会場:今池TOKUZO
open 17:30 / live start 18:30
料金:adv 2,500yen door 3,000yen
※ご入場の際、別途ドリンク代(500yen)が必要となります。
メール予約 info@budmusic.org
お名前、チケット枚数をメールしてください。
ローソンチケット(0570-084-004/Lコード:48189)、e+(http://eplus.jp)、チケットぴあ(0570-02-9999/Pコード:266-763)

出演:tio、DENIMS

主催:JAILHOUSE
企画・制作:bud music, inc.

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tio

三重発4ピース・インストゥルメンタル・バンド。2008年、水谷真大(Gt/Pan)、新美耕介(AGt)、下田貢(Ba)、伊藤祐介(Dr)にて結成。2013年夏よりNabowa、jizueなどが所属する京都のレーベル、bud musicに所属し、2014年1月にフルアルバム「toitoitoi」、11月にシングル「ROLL」をリリース。初の全国ツアーを行い、「Natural High!」、「GO OUT CAMP」などの野外フェスにも出演。2015年5月27日(水)、最新アルバム「1984」をリリース。www.t-i-o.jp

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