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FEATURE / 特集記事 Mar 03. 2016 UP
【SPECIAL INTERVIEW】
「ピカソ、天才の秘密」展と連携コンサート「ピカソの見た夢」。
関係者が語り尽くす、多面的な“天才”ぶりを発揮した画家・ピカソの秘密。

FEATURE:塩津青夏(愛知県美術館) × 菅生知巳(名古屋フィルハーモニー交響楽団)

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おそらく日本人のほとんどの人が知っている芸術家のひとりに、ピカソの名前は挙がるだろう。そして、ピカソの作品といえば、あの歪なビジュアルのキュビスム作品がイメージとして強いはず。

そんなキュビスム時代の作品ではなく、珍しい最初期の作品群をメインとした企画展「ピカソ、天才の秘密」が、3月21日(月・振休)まで、愛知県美術館で開催中。さらに、3月20日(日・祝)には企画展の連携コンサートとして「名フィルで聴くピカソ/ピカソの見た夢」が愛知県芸術劇場にて開催される。こちらは、ピカソが当時、舞台美術や衣裳などを手がけていたバレエ作品などの曲目を演奏するというもの。

今回、LIVERARYでは「ピカソ、天才の秘密」展の担当学芸員・塩津青夏さんと、「ピカソの見た夢」に出演する、名フィルこと名古屋フィルハーモニー交響楽団の楽員で打楽器奏者の菅生知巳さん、お二人によるクロストークを企画。ゲスト・インタビュアーとして、普段はOLで事務職に従事しつつ、休みを利用して美術館巡り、映画鑑賞、カフェで読書…といった日々を送る、THE・カルチャー系女子、中村彩乃さんに参加してもらった。

ピカソの人となりや、作品の背景に横たわる彼が生きた時代のぶっ飛びエピソードの数々に、カルチャー系女子の心も終始興奮気味!の対談内容に。果たして、ピカソの“秘密”とは一体…!?

 

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写真:左から菅生さん、中村さん、塩津さん。

 

SPECIAL INTERVIEW:

SEIKA SHIOTSU [ Aichi Prefectural Museum of Art ]
AND
TOMOMI SUGO [ Nagoya Philharmonic Orchestra ]

Guest Inteviewer : Ayano Nakamura
Text & Edit : Takatoshi Takebe[ THISIS(NOT)MAGAZINE, LIVERARY ]
Photo : Ryota Evina [ Sundwich, LIVERARY ]


―本日の対談では、塩津さん、菅生さんのお二人から、カルチャー系女子代表・中村さんへ、それぞれのフィールドの知識を思う存分ぶつけていただけたら、と思っています。すでに、ピカソ展をバッチリ観に行っている中村さんから、質問があるそうなので、まずは今回の展示について塩津さんにお伺いしたいと思います。

中村:宜しくお願いします。今回の展覧会は、「青の時代」「バラ色の時代」など、ピカソの前半生の作品を中心に展示されているんですけど、なぜこの時代に絞った展覧会にしたんですか?

塩津: ピカソと言うと、まずは『泣く女』とか『ゲルニカ』などの作品を連想される方が多いですよね。それらは、彼の代名詞とも言える「キュビスム」というスタイルを生み出した以降の作品です。実は、愛知県美術館はピカソの『青い肩かけの女』という作品を1点所蔵しているんですが、それは「青の時代」と呼ばれる「キュビスム」以前に描かれたものなんです。そこで、「青の時代」を中心にしたピカソ展を開催できないか、と考えたのが本展のコンセプトだったんです。ピカソは20世紀最大の巨匠ですから、20世紀の美術や近現代美術を専門にあつかう当館としても、ピカソという芸術家は遅かれ早かれ展覧会としてきちんと紹介しなければ、とずっと考えられてきたんですけどね。

中村:なるほど!

 

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塩津青夏


ピカソは、なぜ天才と称されるのか?その秘密。

 

塩津:今回の展覧会はピカソの少年時代から始まります。子供の頃から才能を発揮していたピカソは、“神童”とも呼ばれていて、アカデミックなデッサンを驚くほど上手に描いています。「子供らしい絵を描いたことがない」と自分で話していたぐらいなんですね。その後、バルセロナの芸術家たちと交流したり、パリに旅行したりするなかで、トゥールーズ・ロートレックやセザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーギャンなどのモダンアートを吸収していくことになります。

中村:ピカソも最初は、他の画家たちのスタイルを取り入れながら描いていたんですね。

塩津:ピカソは過去や同時代の芸術家たちからの影響を受けていますが、そのためにかえって「オリジナリティがなかった」とも言えるんですよ。しかしその後、「青の時代」と呼ばれる時代を迎えて、ピカソ独自のスタイルを確立することになっていきます。貧しい人や体の不自由な人などを主題にして、青色を全面に使って描かれた作品です。

―僕はピカソについてにあまり詳しくないのですが、よく見るピカソの作品に比べたら普通の絵じゃんって思っちゃうんですけど…。この時代のピカソの絵はどういうところが魅力なんですか?

塩津:たしかに、ピカソらしい絵ではないかもしれませんが、いわゆるピカソらしい、「キュビスム」の作品にはない魅力があるんです。ほぼ青一色だけを使って、作品を数年間にわたって描き続けたという画家は、ピカソの他には見当たりません。ピカソ本人も貧しい生活を送っていた若い頃、パリやバルセロナの貧しい人や体の不自由な人などを描き出した「青の時代」の作品は、現代においても多くの人々の共感を誘うものだと思います。ピカソはのちに「キュビスム」を生み出すことによって、“超”一流の画家に突き抜けていきますが、もしキュビスムの絵を描かずに、「青の時代」や「バラ色の時代」の作品だけを残したとしても、ピカソは“一流の画家”として歴史に名を残したはずです。

―なるほど。ちなみに、菅生さんは青の時代のピカソの絵もよくご存じなんですか?

菅生:本物見ると、えっ!て言うくらい上手いんです。これはちょっと無理でしょ…ってくらいに。若いころから技術的にもすごいものがある。塩津さんに質問なんですけど、古くは「青色」って色は高貴な色にされていたでしょ?そういう色を使って貧しい人とかを描くってどういうことなのかな?って。

塩津:まさにおっしゃる通りで、青色と言うのはかつては「ラピスラズリ」という貴重な鉱石から作られた色でした。伝統的に青色は、黄金と並んで宗教建築の壁画などにも多く使われた色です。天空の色ということもありますが、どこか人々を瞑想に誘うような、深い精神性を感じさせる色彩として使われてきた歴史もあります。ピカソの「青の時代」の絵も、決して裕福な人などを描いているわけではないのに、どこか宗教的な雰囲気まで感じられるのは、そうしたことが背景にあるのかもしれませんね。

―わざとその色にしたってことですかね?

塩津:「どうして青色なのか?」ということについては、明確な解答をすることはできないんですが、さまざまな理由が挙げられます。一番有名なのは、友人が自殺したことをきっかけに青色を使い始めたという理由で、ピカソ本人もそのように話しているんです。その他にも、「セザンヌの晩年の作品に多くの青が使われていたから」とか、「青色の絵具が安かったから」とか、いろいろなことが言われています。ピカソはさまざまな宗教美術も見ていましたから、青色の色彩がもつ神秘的な力を引き出そうとしたのかもしれません。とはいえ、やはり最終的に「なぜ青なのか?」というと、どうしても完全には説明しきれないところがある。友人の死の悲しみを表現したいのなら、黒やグレーでもよかったのかもしれません。しかし、当時のピカソにとっては、青でなければならない、という気分というか、確信のようなものがあったのでしょう。

菅生:やっぱり絵もそうだし、音楽もそうだけど、時代背景を知らないと、なぜ青なのか?バラなのか?ってなるというか。よく僕ら楽器をやってて思うんですけど、例えばの話、木魚ってあるでしょ。日本人はポクポクポクって聞くとお葬式のイメージが先に来るじゃないですか。でも西洋の人ってその感覚がないから、ものすごい昔は、木魚をドラムセットに入れていたんですよ。それで馬の蹄の音を表現したりもしてましたからね。

中村:おもしろいですね!

 

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菅生:単純な質問を急に思いついたんですけど、「青の時代」とか「バラ色の時代」とか、そういう呼び方って誰が名付けたんですか?

塩津:「青の時代」という言葉は、1914年にフランスの批評家が最初に使用したと言われています。ピカソが「ここまでが青の時代です。」「ここからバラ色の時代が始まります。」とか言って描いているわけではないんですよ。だから、それらの時代の作品は「青の時代」とか「バラ色の時代」とかいう言葉もない中で描かれたことになります。さらに言うと、このときにはまだピカソ本人にだって、「キュビスム」という偉大な革命を成し遂げていくことは、わからなかったはずですよね。ピカソ本人もその先に何があるかわからない状況で描いていたものとして「青の時代」や「バラ色の時代」の作品を見ると、また見え方が違ってくるかもしれません。「青の時代」の時はまだ売れていない頃で、満足にキャンバスも買えなかったくらいだったので、一回描いてその上から重ね塗りして別の絵を描いたりしてたから、残ってる作品も少ないんです。ピカソがパリに旅行へ出かけた際、冬場のパリが寒過ぎて、両親のいるバルセロナに帰ろうとするんですが、汽車賃がなくて帰れなかったのだそうで。でも作品も売れないから、とりあえず作品を燃やして暖を取ったんだよって話もあるんです(笑)。

一同:(笑)。

塩津:でもこの話はピカソの創作だろうと言われているんです。実際、絵を描いた素描の紙を何枚か燃やしたって、そんなに暖まるはずはないですよね(笑)。しかも、ピカソは作品を大事にしていたはずです。実は、この話には元ネタがあって、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の冒頭で、詩人のロドルフォが自作の原稿を燃やして暖をとる場面からきているのでは、と推測されています。まぁそんなふうに、オペラの話を自分に置き換えて、あること無いこと話をするという、どうしようもない面もピカソにはあると思うんです(笑)。そうして彼は自分の苦労話を誇張したり、逆に自分はものすごい天才だとアピールすることも忘れない。「自分自身のアーティスト像を巧みに演出するところも天才的だった」と言えるかもしれません。

中村:さきほど、「貧乏で何回もキャンバスを描き直していたから作品点数がものすごく少ない」ってお話でしたが、そういった初期の作品を集めるのって、すごい大変だと思うんですけどどうなんですか?

塩津:大変でした(笑)。正直なところ準備の途中で「開催できないんじゃないか」という話も出たくらいなんです。この時期の作品は稀少で、集めるのが非常に難しいという理由もあって、他の美術館でもこの時期のピカソの展覧会はなかなか開かれなかったんです。「青の時代」や「バラ色の時代」を中心にしたピカソ展としては、日本では今回のものが初の試みなんです。世界的に見ても、とても貴重な展示になっていると思います。

中村:じゃあ、準備期間がけっこう長くかかったってことですか?

塩津:準備に5年ぐらいかかっていますね。

中村:5年も!

 

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―では、今回の展示の見どころとともに、タイトルにもなっている、ピカソの“天才の秘密”について、より具体的に教えていただけますでしょうか?

塩津:ピカソの芸術は、“天才”という一言では言い切れないほど多面的ですし、とても奥深い魅力があります。まずは先ほどもお話したように、“神童”と呼ばれるほど幼い頃から才能を発揮した「早熟の天才」でしたし、一つの絵画のために何点もの素描に取り組んだという意味では「努力の天才」とも言えるかもしれません。絵画だけではなく、彫刻や版画、陶芸などさまざまなことを手がけて優れた仕事を残したことも、天才たる所以だと思います。また、「変化の天才」でもありました。「青の時代」「バラ色の時代」そして「キュビスム」ときて、「新古典主義」「シュルレアリスム」と、めまぐるしく自在にスタイルを変化させていきました。あるいは、まったく反対に「ピカソは本当は天才じゃない」と考えるのもアリだと思います。先ほどもお話したとおり、「ピカソ=天才」というイメージの一部は、“彼自身によって作られた”とも言えます。だから、そんなに超人的な能力をもった、“神のような芸術家”と思う必要はないんです。貧乏生活を送っていたり、何人もの女性と恋をしていたり、「なんだダメな男だな、人間臭いところもあるな」と見ていただいても楽しめると思います。

中村:今回の展示は、時代順にピカソの作品を辿れるから、「変化の天才」ぶりは、すごくわかりました!もともとピカソは好きで知ってはいたから、それを踏まえて観ていたんですけど…。でも、絵の注釈がすごくコンパクトにまとめてあって、今回とても読みやすかったです。

塩津:ありがとうございます!

中村:すごく親切な展示だったと思うんですよね。私は母と一緒に行ったんですけど、わかりやすいね〜って話していました。先ほどおっしゃってた背景を踏まえていると、もちろんもっと楽しめると思いますね。傑作と言われているものとか有名な作品は見る機会が多かったんですけど、若い時代のものはあまり見たことがなかったので、順番に辿っていって、その流れにいったんだってのがすごいわかりやすかったです。「ピカソの秘密」がわかるっていうタイトルどおりだなって思いました。

―どの時代までの作品が展示されているんですか?

塩津:1920年代の「新古典主義」までですね。ピカソの少年時代から、「青の時代」、「バラ色の時代」、「キュビスム」、そして「新古典主義」まで。ちょうど最後の部分で、ディアギレフやサティ、コクトーらとバレエを協働で作り出していく時代ぐらいまでが範囲になってます。その展示の最後の部分が、菅生さん出演のコンサート「ピカソの見た夢」で演奏される、ピカソが衣裳や舞台などを手がけたバレエの楽曲に関連する時代に該当しています。展覧会を見ていただいて、その流れでコンサートも聴いていただけたら、完ぺきです!(笑)。

中村:展示をちゃんと観ていれば、「あ~、だからこういうコンサートやるのか」ってところも分かる人にはちゃんとわかると思います。ピカソの奥さんのオルガの肖像も出てくるし、サーカスの衣裳を手がけた流れの絵画もあったので、興味がそのまま移っていったんだなっていうのは自然と理解できました。

 

 

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イベント情報

2016年1月3日(日)~3月21日(月)
ピカソ、天才の秘密
会場:愛知県美術館 (名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター10階)
時間:10:00〜18:00 ※金曜日は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:毎週月曜日(ただし、3月21日[月・振休]は開館)
出品:全79点(油彩:28点、版画・素描:50点、彫刻:1点)※前期のみの出品作品:6点、後期のみの出品作品:5点
※期間中、一部作品の展示替えを行います。
【前期】1月3日(日)~2月14日(日)【後期】2月16日(火)~3月21日(月・振休)
※3月1日(火)〜3月21日(月)の間、コレクション展およびAPMoA Project, ARCHは展示替えのためご覧になれません。
問:愛知県美術館 TEL:052-971-5511(代)
公式サイト:http://www.chunichi.co.jp/event/picasso2016/

 


 

2016年3月20日(日・祝)
ピカソ展連携コンサート「名フィルで聴くピカソ/ピカソの見た夢」
会場:愛知県芸術劇場コンサートホール(名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター4階)
時間:15:00開演
曲目:
サティ/バレエ音楽「パラード」
ビゼー/「カルメン」第1組曲より抜粋
ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第2組曲
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「プルチネッラ」全曲版〈声楽付き〉
出演:
指揮/井﨑正浩、ソプラノ/高橋薫子、テノール/中井亮一、バス/鹿野由之、管弦楽/名古屋フィルハーモニー交響楽団
※講演の詳細、チケットの取扱いについては下記にお問い合わせください。
問:愛知県芸術劇場
TEL:052-971-5609
http://www.aac.pref.aichi.jp/syusai/picasso/index.html

塩津青夏(しおつせいか)
2010年より愛知県美術館学芸員。1985年鹿児島県生まれ。専門は戦後アメリカの抽象絵画。最近、担当した主な展覧会に「『月映』展 田中恭吉・藤森静雄・恩地孝四郎」など。

菅生知巳(すごうともみ)
名古屋フィルハーモニー交響楽団打楽器奏者、名古屋芸術大学音楽学部非常勤講師。京都市立堀川高等学校音楽科、京都市立芸術大学音楽学部卒業。大学在学中、リヨン(フランス)に短期留学。Percussion Clavier de Lyonと共演。1994-95年に国際ロータリー財団奨学生として、ストラスブール音楽院に留学。1998年に名古屋フィルハーモニー交響楽団に入団。在学中より打楽器奏者・首席客演ティンパニストとして、国内外のオーケストラに客演を重ねる。現代曲のソリストとしても作曲者からの依頼により多くの初演を行なっており、2007年にはE. Plasson指揮、名古屋フィルハーモニー交響楽団の賛助会員スペシャル・コンサートで2夜にわたり、E. Séjourné《ヴィブラフォン協奏曲》のソリストを務めている。

中村彩乃(なかむらあやの)
愛知県在住。普段は、OL事務職。映画館、ギャラリー、美術館へ週1で通い、本屋へは週3、そのまま喫茶店で読書の時間を過ごす…といったライフスタイルを日々送っている、カルチャー系女子。好きな音楽ジャンルはポストパンク。よく行く服屋は、栄のセレクトショップ「unlike.」。

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