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LIVERARY
FEATURE / 特集記事 Oct 07. 2015 UP
【SPECIAL INTERVIEW】『murmur magazine』編集長・服部みれいが美濃ではじめた、かっこよくて、心地よい、新しい田舎暮らし。

NEW OPEN! エムエム・ブックス みの(岐阜|美濃市)

Interview,Text : Cobo Sato
Photo,Edit : Yoshitaka Kuroda[ON READING , LIVERARY ]

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『murmur magazine』の編集長、詩人、文筆家として活躍し、冷えとりやホ・オポノポノなどのあたらしい時代を生きる知恵を伝える服部みれいさんが、岐阜県美濃市に引っ越してくると聞いたのは2015年春のこと。2014年に本美濃和紙の技術がユネスコ世界世界遺産に登録され観光にも力が入る美濃市に、『murmur magazine』編集部や自身の拠点を移し、8月にはうだつの上がる町並みの一角に「エムエム・ブックス みの」をオープンさせたみれいさんが、あたらしい場所を選んだ理由、そこではじめようとしていることについて聞いてみました。



言ってることとやってることが違いすぎると感じて-

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_美濃に拠点を移すことにしたきっかけはなんだったんでしょう?

『murmur magazine』で自然農の特集をやったことがいちばんのきっかけですね。でも実際は結構じわじわと、いろんなことが要因になっていたと思います。そのひとつは、3.11。原発事故などもあって移住をした人もたくさんいましたが、わたし自身は、地震の直後は東京を離れようとは思わなかったんです。自分も東京で(福島第一原発で作られる)電気を使って暮らしていて、ほかの人のことはわからないけれど、自分は、「自分にも責任がある」と思ってしまって・・・・・・。東京にいて、そして東京でやれることを見つけようともがいていました。

_なるほど。

『murmur magazine』は、いまの社会に「どうなの?」と問いかけて、第三の回答を見つけるために作っていた雑誌で、原発や原発のある社会のシステムについて、いよいよそういった投げかけをはっきり言おうと思って作った号の発売直後に、震災が起こったんです。とはいえ、わたしはそれまで原発や原発を内包している社会に対して大きな疑問はあったけれど、直接的には何もしてこなかった。だから、どこか、せめてもの罪ほろぼしのような気持ちで、いまは東京でやれることをやろう、と。当時移住した人たちにはそれぞれの理由があったと思います。そのすべてが必然だったと思います。わたしも、たとえばもし子どもがいたら、すぐさま移住したかもしれないと思うのですが・・・・・・。

_みれいさんは、東京に残って、やるべきことをやるというスタンスだったんですね。その後、どのような心境の変化があったんでしょうか?

すぐに移住こそしませんでしたが、わたしの中でもあの震災を境にものすごく変化がありました。それまでも環境破壊や社会のシステムに疑問はありましたが、もっと、すごく大きな揺さぶりをかけられて。それで、自然に『murmur magazine』でももっとラディカルな、本質的な特集をしようという気持ちになって、自然農法を提唱された福岡正信さんのお孫さんである福岡大樹さんに取材したんです。

それまでもオーガニックのものを買って食べるとか、都市の中でなるべく自然に近づいて生きようって言ってきたけど、その取材後、山手線の内側、表参道のど真ん中に住んで雑誌を作ってる自分は、結局、都市っていう構造の構成員のひとりだな、大きく見れば地球環境を破壊してるひとりなんだ、と思い始めたんです。「これちょっとおかしいかも、言ってることとやってることが違いすぎる」って。 それで、田舎に引っ越そうと思いました。もう少し土と近い場所にいこうと。色々と候補はありましたが、実家が美濃市にあるので、ここに決めました。住んだことはありませんでしたが、祖母がいて、子どもの頃はお正月やお盆に遊びにきていて。思い出もあるし、自然もたくさんあるし、帰ってくるならやっぱり美濃だなって。街並みもすごく古くて素敵だし。 『murmur magazine』としても、リアルに読者が集まれる場所を作るなら、東京よりも田舎かな、と。地域の中でおもしろいことをやっていくっていうのも、今、もっとも新鮮な感じがして。わたしの中では最先端なんです、この選択が。そう思って戻ってきました。

実は、東京と美濃に拠点を持って行ったり来たりしようと考えていた時期もあったんです。でも、『Spectator』の青野さんに、トークイベントで「みれいさんは『murmur magazine』にアリシア・ベイ・ローレルの連載を載せているけれど、自分はアリシアさんの本のような暮らしをする気はないの?」って言われて、ドキッとして。青野さんと『Spectator』は震災後、長野に拠点を移しているんですよね。それから、(環境活動家の)セヴァン鈴木さんに取材したときにも、カナダの原住民の方と結婚してやはり田舎に引っ越したと聞いて、そういう話や態度にも刺激受けました。わたしが「いいな」と思う人が次々と田舎で暮らし始めていたんです。

_確かに震災以降、地方に移って新しい生き方を試みる人たちがぐっと増えていますよね。でも、東京から地方へ移るにあたって、不安などはなかったのでしょうか?

2014年の秋に、わたしたちの結婚披露宴のフェスを、マーマーマガジンの読者の方々と北軽井沢でやりました。そしたらすごく山奥なのに400人も集まって、盛大なお祭りになったんです。それが本当におもしろかった。それをやって、「あ、田舎でも人って集まることができる。むしろ田舎で集まるのがたのしい!」って確信しました。そんな流れの中で、最後の最後に背中を押したのは、岐阜・下呂に住んでいる中島正さんという方の『都市を滅ぼせ』という本を読んだこと。何かを作って売るっていういわゆる消費社会による都市化が、都市の人々を滅ぼすという、ごくごく当たり前のことが書かれてるんですが、本当にショックを受けました。それで、2014年の秋に、もう全部(美濃に)越してこようって決めました。

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(うだつのあがる街並み)

_美濃にくることは、「戻る」という感覚だったんですか?

そうですね、「戻る」と「行く」が半々かな。美濃に幼馴染がいるわけでもないし、岐阜には全然土地勘もないんです。いまだって東京にいた方がどこに何があるかよく知ってるし。美濃だと、まだどこに何があるかよく分からない。岐阜の地名を言われても「どこ?」って、まだまだそんなレベルなんです。

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エムエム・ブックス みの
岐阜県美濃市俵町2118-19
営業時間:水~金 12:00~17:00、土・日 10:00~17:00
定休日:月・火
問:0575-46-8168
http://murmurmagazine.com

 


 

服部みれい
文筆家、『murmur magazine』編集長、詩人。2008年春に『murmur magazine』を創刊し、2011年12月より発行人に(2015年から夫の福太郎が発行人)。冷えとりグッズと本のレーベル「マーマーなブックス アンド ソックス」主宰。あたらしい時代を生きるための、ホリスティックな知恵、あたらしい意識について発信を続ける。近著に『わたしの中の自然に目覚めて生きるのです』(ちくま書房=刊)。10月末~11月初旬には新刊『わたしのヒント』(大和書房=刊)、『わたしの手帖 2016』(エムエム・ブッブックス)が発売。忍田彩(ex.SGA)とのバンド「mma」では、ベースを担当。メルマガ「服部みれいの超☆私的通信ッ」発行中。岐阜県生まれ。

 

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