2025.10.11.Sat - 10.19.Sun | 名古屋城(愛知|中区)

10月11日(土)〜19日(日)までの間、名古屋城を舞台としたアートプロジェクト「アートサイト名古屋城」が開催中だ。
これまで2回開催されてきた本プロジェクトは、 1回目に「復元」、2回目に「観光」をテーマに、名古屋城を舞台としたグループ展を実施してきた。
3回目となる今回は、「保存」と「継承されていく技術・創造性」に焦点を当て、 美的観点を含めた構造面=“テクトニクス”をテーマとしている。
今展の展示作家に抜擢されたのは、フレスコ画*を基軸に、“解体と再制作”をテーマに制作を続けるアーティスト・川田知志。 かつては城の防御のために設けられた場で、いまは緑広がる「御深井丸」という空間を舞台に、 “本丸御殿”の美術的要素と建築的要素を川田独自の表現技法で移し出し、再構築したのが本展だ。作家本人が現場で語った制作のプロセスとそこにある思考を紐解いていこう。
*フレスコ画=漆喰(しっくい)の下地が乾く前に、水だけで溶いた顔料で壁に絵を描く技法

SPECIAL REPORT:
「アートサイト名古屋城 ― 結構のテクトニクス」
Interview with 川田知志
Interview, Text & Edit:Takatoshi Takabe[LIVERARY]
Photo:ToLoLo studio(川田知志《結構のテクトニクス》「アートサイト名古屋城2025」展示風景より)

写真左手に位置する、木々に囲まれた広場が「御深井丸」。本丸御殿や天守閣の北西に設けられた曲輪(城の内部を図画された空間)であり、かつては煙硝蔵や鉄砲蔵があった場所。現在は名古屋城の一部として公開されている。
壁のない広場から生まれた構想。
今回の展示は、名古屋城の中でも最奥にある御深井丸(おふけまる)の広場を舞台としており、周囲に壁も天井もない“何もない空間”である。 川田は、「どの壁にどの絵を展示するかを考え、空間の構成を組み立てていくのが通常ですが、今回はそもそも壁がない。どう展示をしたらいいのか最初は悩みました」と振り返る。

プレスツアーで作品についての説明をする、川田知志(Photo:Takatoshi Takebe)
名古屋城の資料を読み解いていく中で、御深井丸の広場のサイズにちょうど“本丸御殿”がすっぽり収まるという事実に気づいた。「線を引いてみると、御殿の構成がきれいに浮かび上がってきて、もしかしたらこの場所に“移された御殿”を構成できるのではないかと思いました」と川田。 こうして、御殿を“1/1スケール”で御深井丸に移すという大胆な試みが始まった。

川田の制作スケッチより
川田は自身の制作について「普段はフレスコ技法を使って作品を制作していますが、単なる絵画制作に留まらず、社会と芸術の関わり方を、空間での制作・解体・再構築といった行為の中で探っています」と語る。
名古屋城本丸御殿に描かれた障壁画(襖絵)を直接模倣するのではなく、 障壁画を参考にしつつ、本丸御殿内の空間構造から着想を得たインスタレーションを構成したのだ。 例えば、障壁画に登場する松や鳥といったモチーフはすべて抽象化され、 スケッチを素材としてPC上で再構築し、再び巨大な壁画サイズへと描き写すプロセスを経ている。
さらに、本展で重要な役割を果たしているのが、川田が得意とするフレスコ画の保存修復技法「ストラッポ(Strappo)」だ。 18世紀後半のイタリアで発見されたこの技術は、漆喰壁に描かれた絵の表層を剥がし取り、別の支持体に移すもの。描き写した作品を“移す”という技術も取り入れながら、本丸御殿の建築的な構造と装飾の関係を新たに捉え直した作品が生み出されたと言える。

川田のスタジオの制作風景。実際に、今回展示されているフラスコ画もスタジオから移されたもの。
展示されているフレスコ画は、農業用シートである寒冷紗に貼り付けられており、全部で30枚(21組)という壮大なスケール。 当時の本丸御殿は、身分によって立ち入ることのできる部屋が限られていたため、障壁画は誰もが見ることのできるものではなかった。それに対し今回の展示方法は、“風通しよく全ての絵が誰でも見られる”という状況を意図的に作り出し、格差を取っ払った、現代版の障壁画を表現している。

壁のない広場に広がるフレスコ画群が、空間そのものを体感させる装置として機能している。
“御深井焼(おふけやき)”をめぐるリサーチと陶板の制作。
本展では、障壁画の位置に展示されたフレスコ画だけでなく、本丸御殿の礎石(=柱を支える石)の位置に合わせて陶板が配置されている。 この発想の背景には、川田が調べを進めた“御深井焼(おふけやき)”の存在がある。
御深井焼とは、江戸時代に名古屋城下の窯で焼かれていた茶器を指す。 当時、尾張藩の殿様たちは、茶の湯を嗜み、そのための茶器を城下で制作させていたという。 その焼き物が後に「御深井焼」と呼ばれるようになり、現代でもその名が残っているのだ。
川田はこの歴史を参照し、陶板を“地面から立ち上がる建築の痕跡”として配置した。 陶板に描かれたモチーフは、江戸時代に名古屋城を記録した『金城温故録』の著者・奥村得義(1793–1862)による「加茂葵」の写生図から引用。 京都から譲り受けた“加茂葵”の苗を名古屋で育てたという記録に着想を得ており、 その植物の成長過程を土地や文化の交わりの象徴として陶板に写し取ったのだそうだ。

表面を引っ掻いて傷をつけ、そこに釉薬を流し込むことで模様を描く技法は、壁画をトレースする際に用いられる、傷をつけて線を浮かび上がらせる技術を用いている。
保存と創造の交錯点としての「アートサイト名古屋城」。
「アートサイト名古屋城」は、文化財としての名古屋城を「守る」だけでなく、「活かす」ための創造的な実践の場として企画されてきた。 その中で、構造(テクトニクス)そのものを美の対象として捉え直す今回の試みは、プロジェクト全体の理念を継承・更新している。
川田によるフレスコ画のストラッポ技法や陶板を用い、要素を「移す/写す」行為によって再び立ち上がった幻の御殿。 それは、過去と現在、実在と想像、そして芸術と技術の境界を、秋風とともに心地よく越えていく。

2025年10月11日(土)〜10月19日(日)
アートサイト名古屋城2025「結構のテクトニクス」
会場:名古屋城 御深井丸
時間:開園時間:
10月11日(土)〜17日(金)9:00 〜19:30(閉門20:00)
10月18日(土)・19日(日)9:00 〜16:30(閉門17:00)
作品観覧時間:10月11日(土)〜17日(金)10:00 〜19:30
10月18日(土)・19日(日)10:00 〜16:30
*西の丸御蔵城宝館への入場は16:00まで
*本丸御殿への入場は19:00まで、17(金)-19(日)のみ16:00まで
*天守閣は現在入場不可
料金:
大人:500円 中学生以下:無料
*10月18日(土)、19日(日)は名古屋まつりのため無料開放
*名古屋市内高齢者(敬老手帳持参の方):100円
*障害者手帳をご提示の方:無料(付き添い2名まで)
*名古屋城の観覧料で「アートサイト名古屋城」を観覧可能
出展:川田知志
キュレーター:服部浩之
EVENTスケジュール: ※雨天中止
10月18日(土)
13:30〜15:30 トーク3「樹木医から診る名古屋城のカヤの木2025(精油蒸留の実演付き)」
出演:寺本正保(岩間造園株式会社 取締役 事業部長、樹木医)
聞き手:山城大督(コミュニケーションプログラムディレクター)
10月19日(日)
14:00〜15:00 パフォーマンス「サウンドのテクトニクス」
※ゲスト調整中
WORKSHOP:「KEKKOなハンカチ」
作品を鑑賞したあと、カラフルな染色でオリジナルのハンカチが作れる。(有料・毎日開催・受付10:00〜16:00)
CAFE&SHOP:御深井丸に、飲み物やグッズを取り扱う小さなショップがオープン。
川田知志
2013年京都市立芸術大学大学院絵画専攻修了。京都府在住。時代ごとに変化する建築と空間芸術の関わりを、フレスコ技法を軸にした壁画の制作、解体、移設により可視化する作品制作を行なう。主な個展に「築土構木」京都市京セラ美術館ザ・トライアングル (2024)、「彼方からの手紙」アートコートギャラリー (2022、大阪)。主なグループ展に「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」東京都現代美術館 (2024)、「ホモ・ファーベルの断片―人とものづくりの未来―」愛知県陶磁美術館 (2022)。主な受賞歴に京都府文化奨励賞 (2025)、第2回絹谷幸二賞大賞 (2025)。