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FEATURE / 特集記事 Aug 22. 2023 UP
【SPECIAL INTERVIEW:日野浩志郎(goat)】
探究と実験を繰り返し到達した、goatという発明。
“恐怖の中の喜び”と名付けられた、待望の新作『Joy in Fear』徹底解剖。

Feature:goat|NEW RELEASE & Joy in Fear - goat 10 year anniversary - Nagoya

art work by Tomoo Gokita

 


関西を拠点に活動を続ける音楽家・日野浩志郎を中心とするgoatが活動10周年記念ライブツアーを行う。ツアー初日にあたる8月25日(金)名古屋公演では、goatのほか、GEZAN、Campanella、whatmanが出演。ロック、ヒップホップ、クラブミュージック、それぞれのフィールドでオルタナティブなスタイルと音楽性を持った3組と、現行の国内音楽シーンにおいて唯一無比の存在とも言えるgoatが新栄・シャングリラにて共演を果たす。

先行してツアーの告知がなされている中、8月16日(水)に突如発表されたのが、約8年ぶりとなるgoat新作3rdアルバム『Joy in Fear』のリリースだ。

 

 

goatは、オリジナルメンバーの日野浩志郎(ギター)、田上敦巳(ベース)、安藤暁彦(サックス)に加え、MANISDRON、The Noupとしても活動するドラマー・岡田高史と、元鼓童の篠笛/パーカッション奏者である立石雷の5人編成。いわゆる一般的なバンドフォーマットから変容を遂げ続け、現在は「音楽家・日野浩志郎を中心としたリズムアンサンブル」と表現されている。幾重にも重なった難解なリズムを寸分狂いなく重ね合わせる高度な演奏技法で、極限まで緊迫した音楽性を持った彼らのスタイルはもはや狂気的とも言えるだろう。

 

goat/2013年に日野浩志郎を中心に結成したグループ。元はギター、サックス、ベース、ドラムの4人編成であるが、現在は楽曲によって楽器を持ち替えていく5人編成で活動している。極力楽器の持つ音階を無視し、発音させる際に生じるノイズ、ミュート音などから楽曲を制作。執拗な反復から生まれるトランスと疲労、12音階を外したハーモニクス音からなるメロディのようなものは都会(クラブ)的であると同時に民族的。(Photo by Yoshikazu Inoue)

 

そんなgoatの中心人物である音楽家・日野浩志郎のこれまでを追いかけていくとその活動歴も狂気的だ。goatを始めとしたバンド形態、大所帯によるプロジェクトの他にソロ、デュオ名義での複数の音楽活動軸と、舞台作品の作曲・演出、レーベル運営といった音楽活動周縁のことにも次々と着手してきた。

常に活動体を複数持ち、それらを同時並行で探究し続けてきた日野の自らを追い詰めるかのようなマルチチャンネル過ぎる動き方は、その人物像と音楽性を説明するうえで、欠かせない要素である。膨大なインプットとトライ&エラーからたどり着いた先に彼は何を見出したのか。

現在、ツアー準備と並行してレーベル業務や作曲活動と相変わらず多忙極まりない日野に約3時間に渡るロングインタビューを敢行。新作『Joy in Fear』の制作話を中心に、これまでの活動の変遷から現在の状況、心境まで、たっぷりと話を伺った。

 

SPECIAL INTERVIEW:

KOSHIRO HINO(goat)

Interview, Text & Edit : Takatoshi Takebe(LIVERARY)


日野浩志郎音楽家、作曲家。1985年生まれ、島根県出身。現在は大阪を拠点に活動。メロディ楽器も打楽器として使い、複数拍子を組み合わせた作曲などをバンド編成で試みる「goat」や、そのノイズ/ハードコア的解釈のバンド「bonanzas」、電子音楽ソロプロジェクト「YPY」等を行っており、そのアウトプットの方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐に渡る。これまでの主な作曲作品は、クラシック楽器や 電子音を融合させたハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」、多数のスピーカーや移動する演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST(ガイスト)」の他、サウンドアーティストFUJI|||||||||||TAと共に作曲・演奏した作品「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」等。2021年には、延べ1ヶ月に及ぶ佐渡島での滞在制作で書き下ろした89分の楽曲群を芸能太鼓集団「鼓童」が演奏し、豊田利晃監督が撮影、映像化した音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」が公開された。(Photo by Yoshikazu Inoue)

 

ー2007年頃に始動したgoatの前身バンド(Talking Dead Goats “45)が日野くんにとっての最初の音楽活動で、それと並行してbonanzas(吉田ヤスシ/OBOOとのバンド)やYPY(日野のソロ)の活動もしていて、当時からなぜそんな同時進行で複数のプロジェクトを立ち上げていけるのか?と思っていたんだけど、どういう思考でそうなっていくのか気になります。

単純に「やりたいことがいっぱいあったから」というだけなんだけど。最初のスリーピース・インストバンド(Talking Dead Goats “45)をやっているうちに、本当にやりたいこととの違いを感じ出して、何か悶々とするものがあって。当時は吉田ヤスシさんとよく即興演奏してたんだけど、そこからバンドとしてやり始めたのがbonanzas。bonanzasのメソッドをボトムにもっとリズムを特化させたいと思ってできたのがgoatという形態。

 

 

ー前身のプロジェクトを切っ掛けにアイディアのソースが出てきて、次の方向性に向かうたびに、違う表現形態が生まれていった、と。

そうだね。それぞれ元のプロジェクトがあって、そこからアップデートして、派生していく感じかな。YPYをやってたらエレクトロニクスの方面で繋がった人たちのカセット作ったら面白いと思って、「Birdfriend」(カセットレーベル)を作って、その経験や繋がりがあるからレコードレーベル「NAKID」も自然にできていったし。GEISTはその前にやっていたVirginal Variationsというオーケストラ・プロジェクトをアップデートしたものだし、GEISTに参加してもらっていた中川くん(中川裕貴:チェロ奏者/現代音楽家)とGEISTのクリエイションの時に空いた時間でセッションして出来た即興セッションを軸としたユニットが最近やり始めたばかりのKAKUHAN。全て偶然とも言えるけど、地続きに全部繋がっている。

 

 

ー個人的には、goatが日野くんの活動の中で一番太い幹という印象を受けるけど、本人としてはどうですか。

派手だからそう見えるかもしれないけど、特にgoatが中心という感覚でもないかな。コロナ以降は全然表立った活動はできてなかったし

ー活動があまりできなかった理由は何でしょうか?

メンバーが流動的であったのが1番大きいかな。あと、もともとのメンバーは大阪拠点が多かったけど、今のメンバーは住んでるところも大阪、東京、岡山、滋賀と離れていて、スタジオに入るだけで交通費とか経費が掛かるのも腰が重たくなる要因だった。2019年頃までは、ヨーロッパツアーが決まって予算がついた上でしか動けてなかった。でも、コロナ以降、方向性を変えて、頻繁に練習、録音するといった、いわゆる通常のバンド活動みたいな動きをし始めた。

ー活動のスタイルが変わったきっかけは何かあったんでしょうか?

スイスのコンテンポラリーダンサーで振付師のCindy Van Ackerという人がいるんだけど、彼女がgoatに新しい作品『Without References』の音楽制作をオファーしてくれたのがきっかけかな。もともとスイスやベルギーでのgoatの公演を観に来てくれて、そこで何か一緒にやりたいという話はしてくれていて。2020年は、彼女の作品の為に密に作曲や練習をしたことが切っ掛けだった。それまで彼女の作品の音楽をやっていたのは、亡くなってしまったMika Vainio(Ilpo Väisänenとのユニット「パン・ソニック」の活動で知られる電子音響作家。2017年急逝)で音楽的センスも近くて、何よりも振付がgoatの音楽性と近いのもあってすごく楽しい作業だった

 

 

ーその音源は作品として世には出してない?

世には出してないんだけど、今回のアルバムに収録した2曲目はCindyのプロジェクトで出来た曲。アレンジは全然違うんだけどね。

ーCindyの楽曲制作でがっつりスタジオに入ったのを切っ掛けに、そのままアルバムを作る流れに?

そうだね。その時に出来た曲を中心に曲作りを進めてアルバムを作ろうという話に。あとヨーロッパのエージェントからのプレッシャーもあった。2016年から毎年1~2回のヨーロッパツアーがあったんだけど、最初にライブに行ってからアルバム1枚も出てなかったので。

ー前作(2ndアルバム『Rhythm & Sound』)から約8年ぶり!ですもんね。

まず作曲に着手するだけでもgoatは本当にしんどくて。肉体的にも精神的にもすごく消費する。だからきっかけが無いと全然進められなかったんだよね。

ーgoatの曲が、とにかく難解だからでしょうか?

楽曲は難解ではないと思ってるけどgoatは演奏・作曲に縛りのようなものがあって、構成するのが大変。演奏をする上でのフィジカル的な辛さもあるけど。今回に関しては前作からかなり時間が空いてしまったから、自分自身へのプレッシャーが1番大きかったかな。

 

 

ーこれだけ待たせたから、かなりすごいのを作らなきゃいけない……と?

リスナーに対してのプレッシャーは大して無いんだけど。また同じようなものを作ってしまうのも違うから、自分なりのアップデートを試さないと次には進めないという気持ちになっていた。

ーそういう意味では、今作はリリースしてもいいと思えるレベルの作品が出来上がった?

最終的にはそうかな。goatの作曲や練習って1曲に対する時間と労力が膨大で、1曲にトータル1、2ヵ月かけてて。毎日デモ触って、練習して……ってやっていると楽曲に対する客観性がもはや失われている状態で、途中段階ではこの曲がいいのかどうかが分からなくなるデモが良くても演奏すると想像と違ってまた一から考え直したりとか、その間にも練習が必要だし地道な作業の繰り返し。他のプロジェクトも1年とかかけたりするけど、goatに関しては時間の密度と精神的消費が全然違う。マスタリングの最終確認するタイミングで、アルバムを通して聴いた時にやっと客観的に「いいな!」と思えた。

ーでは今作は、最初にテーマやコンセプトを決めて作ったのではなく、一曲一曲積み上げていく作り方だった?

そう、今回は特にコンセプトは決めていない。goat自体がそもそもコンセプチュアルな構成になっているから、そのコンセプトに縛られまくって苦しい思いをこの10年してるからね(笑)。本当に辛いんだよ。(自らバンドの音作りに)制約を作りまくっちゃってるから。

ーでは、そんなとんでもない労力と時間を重ねてようやく生み落とされた新作アルバム『Joy in Fear』全7曲について紐解いていきたいと思います。

 『Joy in Fear 』 goat/ジャケットアートワークは前作に引き続き、五木田智央。録音は、西川文章、マスタリングは、RASHAD BECKERが手掛けている。ツアーに合わせてCDフォーマットでリリース。後日、LPでもリリースされることが決まっている。

 

#1 Hereafter

ーこの曲は、アルバムのイントロ的な印象を受けたので、アルバムとしてパッケージングする際に必要になって後から作った曲なのかな?と。

そうだね。良くも悪くもgoatは1曲1曲がヘビーで、聴く側にとっても力が要る曲が多い。アルバムを通して何回も聴くってことを考えると、もうちょっと情報量の少ない曲が必要だなと思っていたのと、2曲目に繋がるための助走としてアルバムの必要性に駆られて最後に作った曲。もともと、2曲目とまとめて1曲にしようかと迷ったけど、This Heatの「S/T」や、Fugaziの「The Argument」のようにアルバムの1曲目から2曲目に移り変わるときの驚きを演出したかった。

#2 III I IIII III

ーこの曲は、goat節が炸裂しているというか、これまでのgoatを知ってるファンならこれこれ!ってなる嬉しさがありました。

2曲目は、先ほど話をしたCindy Van Ackerのダンス作品に提供した楽曲をベースにリアレンジしたもので。(Cindyとの作品の中で)これまでのgoatらしい曲ってのが他になかったから、goatの音楽性を打ち出すために意識的に作った曲でもあるかな。曲名には意味を持たせたくなかったこともあって、この曲のメインのフレーズの一部に「3-1-4-3」とリズムを取る部分があって、それをそのままタイトルに引用してる。

#3 Cold Heat

ー特にこの曲はこれまでのgoatっぽくないというか、新しいgoatを感じました。金物が印象的に鳴っている曲だったんですが、あれは何の音?

あれはケンガリっていう韓国の小さな銅鑼みたいな楽器。元々手持ちの楽器なんだけど、goatでは本来の叩き方ではなく複数のケンガリをクッションの上に置いてマレットで叩いてる。

ーどういう経緯で、ケンガリを使おうと?

2019年に鼓童(=佐渡を拠点に国外での公演活動も行っている伝統と現代性を持った太鼓芸能集団)の「Earth Celebration」ってフェスに誘ってもらって、その時に出てたサムルノリっていう韓国のグループでケンガリを知って。サムルノリってキム・ドクスという人が始めたグループで。ケンガリを含めた特定の4種類の楽器を使って演奏する様式のことをサムルノリと呼んでいるんだけど。

 

鼓童とのコラボレーションの集大成とも言える音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」(監督:豊田利晃)は2021年に公開された。この作品では全編の作曲を日野が行い、演奏を鼓童が担当している。

 

ーグループ名が、音楽のジャンル名にそのままなった?

そうそう。そこで初めてケンガリを見て、可能性を感じたのでまずはたくさん買って色々試してみることから始めてみた。通常は片手でケンガリを持って、もう片方の手のバチで叩いて演奏する楽器なんだけど、クッションの上に置いて、マリンバみたいにマレットで叩くとプリペアドピアノみたいな面白い音色だな、となって。でも、そもそもこの曲は新メンバーの立石雷(笛奏者、パーカッショニスト)の笛を活かす為に作った曲で曲の土台はケンガリとドラムとベースでできていて、上物は雷くんがアイリッシュフルートと篠笛、安藤がサックスを吹く。ギターもなくて今までのgoatにはなかった楽器構成の曲になってる

ー新メンバーの立石雷さん(元・鼓童)について教えてもらえますか?

雷くんと知り合ったのは割と最近で、もともとアンチボ(ANTIBODIES Collective=音楽家・演出家のカジワラトシオと舞踊家・振付家の東野祥子によって2015年に結成されたパフォーマンス・アート・コレクティブ)で知り合ったのがきっかけ。2021年末に山梨で開催されたYoshi Wada(60年代末にニューヨークに渡り、フルクサス運動、ラ・モンテ・ヤングの永久劇場にも参加した伝説的な作曲家)トリビュートライブ「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」の時に参加してもらったくらいから本格的にgoatに参加してもらうことになった。そこから色んな笛の演奏方法を探求したり、Jon Hassell(1960年代から活躍するアメリカのトランペット奏者であり作曲家である。ミニマリズムや、さまざまなワールドミュージック、そして自身のトランペットを音響信号処理したものからのアイデアを統合した「第四世界 」という音楽コンセプトを開発したことで最もよく知られている。2021年没)も参考にエフェクトの方向性を相談したりしていった。この曲では笛の演奏方法に関してはすり合わせはしたけど、goatとしては珍しくある程度自由に演奏してもらった。

 


立石雷/goat新メンバー。goat笛奏者、パーカッショニスト。(Photo by Yoshikazu Inoue)

 

ー立石さんの加入もこのアルバムの中でgoatがアップデートされた大きなポイントになっている、と。

そうだね。でも根本的なところからの変化もあって、それはもっと遡って話す必要があるな。2016年に初期メンバーのドラムが脱退してメンバーチェンジした際、新しい作曲方法の必要性に駆られていて。ボンゴやマリンバだけでリズム構成を図るなど、今までのgoatの代名詞ともいえる段階的に構築していく構成やSTOP&GO(曲が止まってそのあと爆発するような)の展開とは異なる、リズムの嚙み合わせに焦点を当てて、緩やかに時間を掛けて違う次元にいけるようなものを作れないかと考えた。中でもシンプルなフレーズが展開し続けるテリー・ライリーやスティーブ・ライヒといったミニマルミュージックの方向性を色々な形で試してきたんだけど、具体的に言うとドラムが4/4拍、ギターが5/4拍というように、異なる拍数のシンプルな同じフレーズを同時に演奏しつづけることでリズムの組み合わせが変わっていくようなもの。

 

それによって、単純な起承転結という構成とは違う、何度でも繰り返して聴ける曲になったと思ってる。そういう意味でも、この曲が一番のお気に入り曲だし、このアルバム全編に渡ってそのメソッドが盛り込まれています。1-2枚目のアルバムと比べて、作曲方法にかなり大きな改革が起きているってのが、一番言いたいことではあるかな。

#4 Warped

この曲は前述した作曲方法が分かりやすい形で表現されているもの。楽曲は2台のコンガと1台のボンゴで構成されてるけど、コンガの上にベル(小さなシンバル)をぐらつくように裏返して置いている。コンガの打面とベルを叩いて演奏するけど、叩いた時にベルがグラつくことでコンガのピッチがぐにゃぐにゃと変わっていく。作曲構成は完全に決まっているけど、楽曲全体で不安定な音なのが面白いと思っていて。普通に聴いてても歪んだレコードの音みたく聴こえることから、レコード盤が歪んでる状態を指す「Warped」という言葉を曲名にしてる。

#5 Modal Flower

フレーズの絡みと作曲の構成が綺麗でとても気に入っている楽曲の1つ。タイトルにあるModalはジャズ様式の「モード」から取っていて、僕らがやってるのはジャズでもモードでもはないが、シンプルさと複雑さを兼ね備えた構成はgoatなりのモードと言えるのではないかと思って付けた。ドラムとベースは乗りやすいシンプルな拍数だけどギターの拍は少し複雑で、一緒に演奏することで長く聴けるフレーズとなっている。元々サックス無しで作っていたけど、フレーズや作曲構成は納得しつつもどこか完成には至っていないことを感じていた。けど最後にサックスを入れたことで楽曲の印象がガラッと変わり一気に曲が出来上がった。

 


安藤暁彦/goat初期メンバー。プログレッシヴハードコアバンド・KURUUCREWのメンバーとしても活動。(Photo by Yoshikazu Inoue)

 

#6 Spray

ー#5 Modal Flower~#6 Sprayも繋がって聴こえますが、これは意図して並べられているわけではない?

この曲は#5 Modal Flowerと似た雰囲気があったから、最初は曲の並びを離すかアルバムから外そうと思ってたんだけど、繋いで聴くと結構いいなと思えたこともあって、最終的には繋げる前提でミックスやマスタリングを行った。けど#5と何かしらの差異を作らないといけないと思って、ミックスで違いを作ることにした。ミックスの方向性が決まったきっかけがあるんだけど、もともと福岡で「Desiderata」という店をやってて、店舗の音響システムの構築とかされてるDJの増尾さんという人がいて、その人の家でのリスニングセッションの体験がヒントとなった。札幌のPrecious Hallにも設置されてる「Klipsch」というメーカー(1946年アメリカ発祥。ポール・W・クリプシュが、ライブパフォーマンスのパワー、ディテール、感情を自宅で体験できるスピーカー「クリプシュホーン」を設計し、手作りで作り上げた)のAK6というスピーカーを自分のリスニング部屋に持っていて、そこで色々と音楽を聴かせてもらった時に再発見が色々とあったんだよね。それこそPink FloydやLed Zepperinを聴いた時、スピーカーで聴くことを前提に作られた、極端だけど絶妙な音の定位感のミキシングが素晴らしく、それを活かすことができないか考えていて、この曲はそれを試すのにピッタリなんじゃないかと思い試してみた。今までのgoatの多くは、全楽器が一体化するようなミックスを意識することが多かったが、#6 Sprayはあえてギターとボンゴを左右に振り切ったりと音を分離させることを意識したミックスにしてる。逆に、#5 Modal Flowerは#6 Sprayを際立たせるために楽器それぞれを聞かせるのではなく、塊になって聴こえるように音の位置を中心に置いたミックスにしていて。#2 III I IIII IIIから#3Cold Heatも同様に構成していて、曲が変わった際の音の広がりで驚きが生まれるようにした。

 

 

ー#5 Modal Flowerから次の#6 Sprayの流れがこのアルバムのピークタイムという印象を受けました。

人によって意見が分かれるところで面白いなと思う。僕の中では#3 Cold Heatと#5 Modal Flowerが盛り上がるポイントかな。その2曲が特に好きな曲だからA面B面の最初の曲にしたいと思ったんだけど、#5 Modal Flowerだけ(レコードのB面1曲目に)配置できた。

#7 GMF

ーでは、最後の曲。こちらもガラッと雰囲気が変わって、アルバムのアウトロのような印象でした。

この曲は#4 Warpedと同様に、新しい作曲手法を前面に出してシンプルに表現した楽曲。ガムラン1台を僕とベースのあっちゃん、ドラムの岡田くんの3人で一緒に演奏していて、それぞれが違う拍数のモールス信号のようなフレーズを演奏している。担当するフレーズは3-4秒くらいの短いもので、基本的に楽曲の最初から最後まで同じフレーズをひたすら演奏していく。けど半端な長さのフレーズを絡み合わせてるのでずっと違うメロディが現れ続け、長く聴き続けることができる。そこに木魚をオーバーダブしているんだけど、ガムランと同じ3人が木魚を担当していて、演奏方法は変えてるけど弾くフレーズはガムランと同じ。木魚が入るタイミングは敢えて適当にしたのでガムランとユニゾンするわけでもなく全く別のレイヤーのようにも感じられると思う。その上にさらに立石くんに笛を即興で入れてもらって完成した曲。


田上敦巳/goatの前身バンド(Talking Dead Goats45’)から参加している。日野とは旧知の仲。(Photo by Yoshikazu Inoue)

 

ーということで、全曲解説してもらいました。1曲1曲に本当に膨大な情報量というか、アイデアから形に至るまでの苦労の集積が詰まった、とんでもない作品なんだってことがわかりました。ちなみに、過去のインタビューで、「goatという音楽をやると決めた時に、他人に共感してもらうことを諦めた」と言ってましたが、その考え方に変化はないですか?

基本的には変わらないかな。けど、自分が興奮するポイントで一緒に共感してくれたら嬉しいというのはある。これまでのgoatの流れを持ちつつも期待を裏切りたいという気持ちもあって、例えば、#3 Cold Heatは従来のgoatを知ってる人からすると驚きの曲だと思うから、今作のステートメント的な意味も込めて、本当はアルバムの一曲目にしたいくらいだった。今までのgoatとは違うという。

ー今回のツアーでは前の曲もやるんですか?

僕らとしてもライブを構成する上では(旧曲も)必要だと思っていて、3枚のアルバムからバランス良く選んでる。SHOWとしてトータル的にいいものにしたい、という気持ちもあって。あと、ライブを構成する上でも、1時間以上聴く前提で考えると、爆発力のある曲ばかりだとしんどいよね。僕もこれまでとは違う聴き方のできるライブを作りたいと思った結果が今作の作曲にもつながっているかな。前2作は良くも悪くも爆発力があって、今回はそれだけじゃないものを作るという課題もあった。それを踏まえて今作は繰り返し聴ける作品になったんじゃないかなと思ってる。

ーとはいえ、楽曲は変わらずミスや誤魔化しの効かない緻密さを持っていると思うんで、緊迫したムードに会場は飲み込まれるんだろうなと想像をしています。先日行われたDJ NOBUさんとの対談でも、どこを音楽的快楽としているか?という話をしていたと思うんですけど、音楽を演奏するうえで気持ちのいい瞬間ってどういう時と考えるのか?改めて教えてください。

積み重ねていって、待って、待って、待って、最後に解放する、みたいな。この「待つ」ということ自体が快楽度数を上げていくと思ってる。普通ならサビが来て快楽ポイントが来るってことだと思うんだけど、もっとテクノ的な快楽の方向性に近いんじゃないかな。それが他のバンドとは違うところだと思う。今回のアルバムはもっと違う側面もあるんだけど。

ーそもそもはいわゆる普通のバンドフォーマットから音楽活動がスタートしていると思いますが、クラブミュージック寄りに音楽的嗜好が傾倒していっても、あくまで楽器を使ったバンドのフォーマットにこだわってやり続ける理由は何でしょう?

こだわってるわけじゃないんだけどね。たまたま10年前にgoatという新しいフォーマットができたから、それで何が出来るかを今も実験し続けてる。シーケンサーを走らせてもgoatの楽曲は成立しないから、そこに面白さがあると思うし。とはいえgoatとしての理想はシーケンサーのような正確な演奏であって、そこを突き詰めていくからこそ緊張と爆発が生まれるわけで。シーケンサーだとズレないことが確定した上で進行するからgoatのような緊張感は持ちづらいし、僕らの音楽性だと演奏がズレてたら緊迫感も薄まる。

ー探究と実験から独自に見出した、他の人が到達していない発見や発明こそが、日野くんの音楽活動のモチベーションになってるってことですかね。

ずっとそういう発明を探してるから見つけられたら嬉しいけど、パイオニアであることはあまり重要ではないと考えていて。goatのケンガリの演奏法も、もしかしたら他にも同じ叩き方で使ってる人はいるかもしれない。その奏法や音を自分の作曲メソッドとかと組み合わせたり、もっと探求していくことで新しいものを作るってことが重要で。すでにあるものの歴史を研究した上で今の自分は何ができるだろう?どうアップデートできるのか?と探求していく過程の方が、音楽活動のモチベーションになっているかな。

ーgoatの作曲は日野くんがまず作曲したものをメンバーに展開するスタイルだと思うんですが、メンバーとセッションして作るような曲はあるのでしょうか。

セッション的なところはほとんどないけど、#3 Cold Heatの笛やサックスは基本任せてる。最終的には僕が切り貼りしてエディットした部分はあるけど。

ー録音した楽曲をさらにエディットしてるんですか?

箇所は少ないけどね。今回はできなかったけど、CANのホルガー・シューカイの様な、ある種思い切った異質感のあるエディットがCANの音楽的な深みを出してると思っていて、そういうことにチャレンジしてみたい。次のgoatの作品はライブで再現も難しいくらい、もっとエディットに凝ったものを作りたいと思ってる。気が変わるかもだけど。

ーえ、もう次の作品を作ろうとしてる!?今作が完成したことで、さらにgoatでやれることがあると気づけた?

それはめちゃくちゃある。早くアルバム4枚目を作りたいし、次のツアーのための曲も作曲を始めてるし。だから今はgoatに対してやる気満々。

ーバンドにとって、ひとつ大きな山を越えたってことですね。

メンバーが変わって、どうgoatをアップデートさせるかずっと悩んできて。ボンゴやマリンバを使って新しい作曲方法を試して、オーディエンスの期待を裏切ってきたりもしてきたかもしれないけど、そういう時期を経て、ようやく新しい作曲法をバンドフォーマットに落とし込めるところまで技術が到達したかな。で、今作の制作では今までの硬すぎる制約/コンセプトを少しずつ外す作業だったようにも思えて。その外す作業の中で何が作れるか?という考え方になってきて、ようやく楽しくなってきたところ。まだまだ発展させられるポイントが沢山あるとも思ってるから、これからも続けていこうと思ってる。

 


岡田高史/goat新メンバーのひとり。MANISDRON、The Noupのドラマーでもある。(Photo by Yoshikazu Inoue)

 

ーでは、アルバムタイトル『Joy in Fear』の意味についても教えてください。

直訳すると「恐怖の中の喜び」という意味で、goatの楽曲の持つ性質はまさにそうなんだけどそれだけじゃなくて、前のアルバムから考えるとなかなか定まらないメンバーのこと、新しい作曲方法でやると決めた自分へのプレッシャー、難航したレコーディングなどなど……リリースまでに本当に大変な時期を過ごしてきた。けどそれらを頑張ってきたことでこの作品が出来上がったことが素直に嬉しくて。ギリギリまでタイトルは悩んだんだけど、最終的にはカッコつけすぎず自分自身と向き合った時にすごくポジティブに出てきたのが「Joy in Fear」だった。1、2枚目と比較されることもあるだろうなと考えた時、他者の意見は関係ないと思ってるとはいえ不安が無いわけではない。けどそういうのもひっくるめて楽しみたいという気持ちもある。

ー『Joy in Fear』はまさにgoatというバンドの音楽性や状況、日野くん自身の精神状態の両面を表している言葉なんですね。では、もうひとつ最後に質問です。日野くんは貪欲に音楽を突き詰めていく生き方をしてきたと思うんですが、最終着地点や次のビジョンは何かある?海外に拠点を移したいって話を以前にしてた気もしますが。

最終着地点みたいなのは特に無いかな。もともとは2020年頃に海外移住したいと思ってたんだけど、コロナで白紙になって。けど実は今またチャレンジしていて。海外研修のプログラムに申請したばかり。それが通れば来年9月からベルリン移住が決まる。

ーそれは期限付きで?

このプログラムは1年間かな。けど日本の拠点やスタジオもキープしつつ行こうと思ってて、将来的には2拠点生活できればと思っている。研修先をRashad Becker(新作アルバム『Joy in Fear』のマスタリングも担当)のスタジオにお願いしてあるから、そこでミックス・マスタリングを学ぶ予定。最近は、日本でもミックス・マスタリングを頑張りたいと思ってて。ちょうど昨日、group AのTommiのソロプロジェクト・Tot Onyxのマスタリングを納品したところ。コロナ渦中にレコーディングやミックスできる機材も揃えたし、今後は色んな人のミックス・マスタリングをどんどんやっていきたいと思っているよ。

ーでは、今現在の次の目標としては、レコーディングやマスタリングのエンジニアをマスターすること?

そうだね、勉強したいと思ってるけどそれは基本的には自分の作曲のためだね。レコーディングやミキシングの技術があれば作曲のアプローチが広がることを身をもって体験してるので。これからは(他の)バンドの録音もしていきたいし、積極的にエンジニアの仕事を受けていきたいと思ってるんで!ここ、大きく書いといてください!(笑)。

 

 

 


Flyer Design by Takatoshi Takebe(LIVERARY)

イベント情報

2023年8月25日(金)
Joy in Fear – goat 10 year anniversary – Nagoya
会場:新栄シャングリラ(愛知県名古屋市中区新栄2丁目1−9 雲竜フレックスビル東館 B1F)
時間:OPEN 18:30 / START 19:00 
料金:ADV¥4,000 / DOOR¥4,500 +1D 
出演:goat、GEZAN、Campanella、whatman
フライヤーデザイン:Takatoshi Takebe(LIVERARY)
制作協力:subcontext
チケット予約:https://t.livepocket.jp/e/goat-nagoya0825

<以下、ツアー各公演詳細>
2023年8月27日
goat 10 year anniversary 東京公演
会場:渋谷WWW X 
時間:開場18時 開演19時予定
料金:前売り ¥5,000 / 当日 ¥5,500 +1drink order 

2023年8月31日、9月1日 
goat 10 year anniversary event 京都公演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
時間:開場18時予定 ※変更の可能性有り
料金:DAY 1 前売り ¥5,500 / U25 ¥4,000 / 当日 ¥6,000
DAY 2 前売り¥5,000円 / U25 ¥3,500 / 当日 ¥5,500 
※goat出演はDAY 2のみ。

2023年9月2日
goat 10 year anniversary 広島公演
会場:浄泉寺(尾道)
時間:開場18時予定
料金:前売り ¥3,500 / 当日 ¥4,500 / U18(高校生以下)無料 

2023年9月3日
goat 10 year anniversary 熊本公演
会場:NAVARO
時間:開場18時予定 ※変更の可能性有り
料金:早割・U23 ¥2,500 / 前売・県外割 ¥3,500 / 当日 ¥4,500 +1drink order 
早割チケット※8月1日まで/限定30枚

2023年9月8日
goat 10 year anniversary 和歌山公演
会場:LIVE SPACE MOMENTS
時間:開場19時30分 開演20時予定
料金:前売り ¥4,000 / 当日 ¥4,500 +1drink order 

2023年9月9日
goat 10 year anniversary 香川公演
会場:sound space RIZIN’
開場:18時予定 ※変更の可能性有り
限定早割 ¥3,500 / 前売 ¥4,000 / 当日 ¥4,500 +1drink order

詳細:
goat Instagram:https://www.instagram.com/goat_band_jp/
goat Twitter:https://twitter.com/goatJp

goat

2013年に日野浩志郎を中心に結成したグループ。元はギター、サックス、ベース、ドラムの4人編成であるが、現在は楽曲によって楽器を持ち替えていく5人編成で活動している。極力楽器の持つ音階を無視し、発音させる際に生じるノイズ、ミュート音などから楽曲を制作。執拗な反復から生まれるトランスと疲労、12音階を外したハーモニクス音からなるメロディのようなものは都会(クラブ)的であると同時に民族的。

日野浩志郎

音楽家、作曲家。1985年生まれ、島根県出身。現在は大阪を拠点に活動。メロディ楽器も打楽器として使い、複数拍子を組み合わせた作曲などをバンド編成で試みる「goat」や、そのノイズ/ハードコア的解釈のバンド「bonanzas」、電子音楽ソロプロジェクト「YPY」等を行っており、そのアウトプットの方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐に渡る。これまでの主な作曲作品は、クラシック楽器や 電子音を融合させたハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」、多数のスピーカーや移動する演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST(ガイスト)」の他、サウンドアーティストFUJI|||||||||||TAと共に作曲・演奏した作品「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」等。2021年には、延べ1ヶ月に及ぶ佐渡島での滞在制作で書き下ろした89分の楽曲群を芸能太鼓集団「鼓童」が演奏し、豊田利晃監督が撮影、映像化した音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」が公開された。

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