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FEATURE / 特集記事 Sep 08. 2021 UP
【TALK SESSION REPORT】
佐藤克久(美術家)× 石田大祐(豊田市美術館・担当学芸員)
どこまでもストイックに、抽象絵画を探究し続けた奇才、
ピート・モンドリアンの凄みは細部に宿る。

2021.07.10.Sat - 09.20.Mon | 豊田市美術館(愛知|豊田)

 

抽象画の先駆者と称される、オランダ生まれの画家、ピート・モンドリアンの展覧会が豊田市美術館にて9月20日(月・祝)まで開催中だ。

ピート・モンドリアン(以下、モンドリアン)の特徴的な作品は、美術ファンでなくとも、学校の教科書で見たことがあるという人も多いであろう。それは「コンポジション」シリーズと呼ばれ、ピカソ以降の「キュビスム」からの影響を残しながらも、さらにシンプルさを突き詰めた究極の線と面の世界観。一度見たらおそらく忘れられないモンドリアン作品は、いつの時代においても新しさを感じさせる秀逸な作風と言えるだろう。

そんな彼に影響を受けた作家の一人で愛知在住の美術家・佐藤克久をゲストに迎えたトークイベントが、モンドリアン作品を展示中の豊田市美術館展示室内にて、ひっそりと行われた(同イベントはコロナ禍の情勢を配慮し、観客を入れずに登壇者を美術館ボランティアが囲むかたちで行われた)。担当学芸員石田大祐が聞き手となり、佐藤克久とともにモンドリアンの実像に迫ったトークセッションをまとめたテキストをここに掲載する。

 


TALK SESSION
ABOUT:Piet Mondrian

佐藤克久
×
石田大祐(豊田市美術館・担当学芸員)

Text & Edit:Takatoshi Takebe[LIVERARY]
Photo:Yuki Shibata[LIVERARY]

 

佐藤克久
1973年広島県生まれ。1999年愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了。主な個展に「何かは何か」(See Saw gallery+hibit、愛知、2016年)、「ふりをしたつもり」(児玉画廊|東京、東京、2016年)、「レジャーシートをひろげるムジュン」(児玉画廊|天王洲、東京、2019年)、など多数。主なグループ展に「リアル・ジャパネスク―世界の中の日本現代美術」(国立国際美術館、大阪、2012年)、「反重力 浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド」(豊田市美術館、愛知、2013年)、「あいちトリエンナーレ2016」(名古屋市美術館、愛知、2016年)、「アイチアートクロニクル1919-2019」(愛知県美術館、愛知、2019年)、「豊田市美術館 リニューアルオープン記念 コレクション展 世界を開くのは誰だ?(豊田市美術館、愛知、2019年)、など多数。

 

 

石田:今日のイベントは会期中に参加者を募って行う予定でしたが、佐藤さんのお話をガイドボランティアの皆さんとお聞きし、トーク内容を後日公開する形でお送りします。では、佐藤さんよろしくお願いします。

佐藤:佐藤克久です。よろしくお願いします。

石田:佐藤さんは、過去にこの場所で展示していただいたこともありました。

佐藤:2013年の反重力展と2019年の豊田市美術館リニューアルオープンの時ですね。搬入時、「大体この辺りのエリアで作品を展示してください」くらいの感じで結構好きなようにやらせてもらえて、楽しかったです。パレルモクネーベルとかの作品がすでに飾られていたのでじっくり見ることができたし、何なら自分の絵をそれらの作品の横に持って行って比べてみたり(笑)。憧れの巨匠たちの作品と自分の絵見比べて「もっと精進しないといけないなあ」という気持ちになったり、「でもまあ割と自分の作品も負けてないかもしれないな」とかって思ったり。そういうことを考えながら搬入ができたのはいい経験でした。

石田:佐藤さんの作品は当館の所蔵品でもありますが、改めてどんな作品なのかお話していただけますか?

佐藤:「立つ絵」というシリーズで、これはキャンバスとキャンバスの間に厚紙が挟んであって、少しなだらかにカーブを描くように折り曲げると、自立するので「彫刻」と「絵画」の間の作品っていうスタンスで作り始めたものです。僕の出身校の愛知県立芸術大学というところは、絵描きの先輩がたくさんいて、先輩たちが結構厳しくて無言の圧力で『絵画とは?』と問いかけてくる感じで、そこから逃げたわけではないですが、「これは絵画かな?絵画じゃないかな?」くらいのところを突いたら怒られないんじゃないか?っていう(笑)。自分のポジションも考えて、絵画っぽくない絵画作品を作り始めたんです。

 


佐藤克久《日面 Sunny place》 2013 キャンバスに油彩、厚紙、接着剤 450×480×80mm 作家蔵

 

石田:なるほど。そういった経緯があったんですね。その「立つ絵」シリーズもそうですが、佐藤さんは「絵画」をメタ的に捉えて制作している、内と外の両面というか、絵画の成りたちそのものを考える作家の一人だと思います。佐藤さんから見て、モンドリアン絵画はどんな風に分析されているのだろうか?という興味が今日の大きなトークテーマとなります。やや変な質問ですが、佐藤さんはモンドリアンの作品、お好きですか?

佐藤:大好きですよ。誕生日が101年違う、同じ3月生まれというのもあって(笑)。ちょうど今2021年なので、100年前の1921年辺りにモンドリアン絵画の代表的な「コンポジション」シリーズが始まったんです。

石田:モンドリアンはどんな作家として捉えていますか?

 

写真左:佐藤克久、写真右:石田大祐(担当学芸員)

 

佐藤:簡単に言うと、すごい発明家ですね。発明が多くて、そこをすごくリスペクトしています。

石田:発明というのは、抽象発明ということですか?

佐藤:抽象の発明というよりは、図像とかもそうですし、自作の額縁だったり、端々に色んな発明が施されています。でも、それらの発明は、全部モンドリアンが一人でやったみたいな評価がされていますが、実はモンドリアン一人でやっているのではない感じもあって。彼は色んな作家の影響を受けていて、それを素直に試行錯誤しているんです。そういうところは、結構親しみがあって信頼できるなと思っています。美術史の中で総体的に彼の作品を見てみないと、本質は分からないとも思っています。

石田:色んなやり方を試している作家ですよね。当時の他の作家の描き方を真似したりしていますが、模倣で終わらずに自分のスタイルを立ち上げることができたって点が、すごいですよね。

佐藤:キュビスム」に影響を受けて、この抽象スタイルに至った、という話がすごく有名ですけども、ちょっと違うんじゃないかというのを、モンドリアン作品をこれまで鑑賞したり、僕自身が作品を作り続ける経験から思ったんです。「分析的キュビスム」というのはモチーフが静物だったり人物だったりするんですね。だけどモンドリアンって実は静物はあまり描いてなくて、生活のために花の絵を描いてはいましたが、もともと風景画の作家なんですよね。「キュビスム」って、もの自体を解体していくもので、風景画とは全然相性が良くないんですよ。彼が「キュビスム」から学んだのは絵の解体っていう要素よりも、デッサンの描き方なんじゃないかって思っていて。

※キュビスム=20世紀初頭にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始され、多くの追随者を生んだ現代美術の大きな動向である。それまでの具象絵画が一つの視点に基づいて描かれていたのに対し、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収めた。

 

ピート・モンドリアン≪乳牛のいる牧草地≫ 1902-05年 油彩、紙、厚紙  デン・ハーグ美術館 Kunstmuseum Den Haag

 

佐藤:よく参照される木から抽象に至る連作のような絵があるんですが、もともと抽象のイメージが頭の中にあって、抽象画だけでも良いはずだけど、変遷を描いたっていうのは、モンドリアン的なサービスだったのじゃないか、と。本当はもっと飛躍して描けるんだけどもそれをしなかった、そういう可能性はあるんじゃないかなって思っています。

石田:受け入れられやすいようにわざとモチーフを設定して描いてたんじゃないかってことですね。

佐藤:「カラープレーン」っていうシリーズがあって、今回のカタログ(p.131に「原色を使わずに、パステルカラーを使って、観客(のニーズ)に寄せた」というような内容が書いてあったんですよね。また当時モンドリアンは、絵を買ってくれる人に色を選ばせて、「じゃあその色で描きます」みたいなこともしていて。「え?そんなカジュアルなんだ!?」僕の中のモンドリアン像ががらっと揺らいだんですけど。1929年頃の絵っていうのは黒い線の部分がすご似てる作品を複数作っていた事実があって、同じような構図で、色を変えてバリエーションを作るってことに関して、全然受け入れていたんだなって。頑固な部分と柔軟な側面も大いにあるのがわかりました。

E. A. Carmean, Jr. ,“MONDRIAN; The Diamond Compositions”, 1979, National Gallery of Art, Washington, p.39

 

ピート・モンドリアン《色面のコンポジション no.3》1917 年  油彩、カンヴァス デン・ハーグ美術館 Kunstmuseum Den Haag

 

石田:当時、モンドリアンは「個別性」と「普遍性」の対立についてすごく議論していて、つまり作家としての個性を出すというよりも、ルールや法則に従うことである面で作家の個性を打ち消すことを考えていたようです。

佐藤:モンドリアンの絵に影響を受けて同時代に似たような画風の作家も出現してくるんですけど、それって僕だったら作家をやっていて自分とそっくりな絵が他にも沢山あったら嫌だな〜って思ってしまうんですが、モンドリアンは「普遍性」について深く考えていたこともあって、絵を突き詰めていくと、最終的にみんな同じになるんじゃない?ていう前提を持って作品を作っていたのではないかと想像しました

石田:必然的にみんな僕と同じようなスタイルの絵になるでしょ?と。

佐藤:そうそう。モンドリアンが目指した普遍的な絵画というのは、スマホが結局全部iPhoneみたいなデザインになっていくのと同じように、同じ理論で実行すれば絵も同じような見た目になっていくと考えていたんじゃないか?と思います。同時にその起源自分が確立した絵画であると自負していたんじゃないか?とも。水平垂直の線で世界のすべてを捉えてしまった、というか。

石田:なるほど。ちょっとモンドリアンの理論的なところに話が寄りましたが、技法の部分、描き方の話もしていきたいと思います。佐藤さんから見てモンドリアンの絵の技法を観るときに、気になるポイントってどこでしょうか?

佐藤:図と地の話で、背景色がまず下地にあって線があるのか、線があってそれ以外に色が塗られているのか?どっちが先なのか?っていう。これは絵を描いている人はみんな気になって見てしまうポイントだと思うんですけど、モンドリアンの絵って極めてフラットに描かれているんですよね。例えば、青の上に赤があってその上に黄色がかぶさって、そこに黒い線が乗っていて……みたいなレイヤー的な構造はモンドリアンの絵をよく見ると無いんですよ。むしろ、黒い線を描いた後、隣接する他の色と同じ厚みになるよう絵の具を塗り込んであって、一生懸命フラットにしてある、そんな描き方をしていたことがわかるんです。どっちの色が上で、どの色が下なのか?を観察して、そういうのが見えてきたとき、気分が高揚しますね!(笑)。

石田:(笑)。キャンバスの端まで完全に区切っていない線や、よく観ると境界が滲んでぼんやりしている線もありますよね。

 

ピート・モンドリアン《大きな赤の色面、黄、黒、灰、青色のコンポジション》1921年 油彩、カンヴァス デン・ハーグ美術館 Kunstmuseum Den Haag

 

佐藤:なぜそういう描き方になったのかなって考えると、キュビスム的な絵画って画面の周縁にいく程、区切るってことに対してすごく慎重だったと思ます。そこの影響があるんじゃないかな。あと、線が端まで引いてなかったり、滲んでいたりすることで、画面に動きを出しているとも取れます。

石田:頭の中のイメージをそのまま描いているってだけでなく、描きながら直したような線も見えますよね。

佐藤:そうですね。いわゆる画面とのやりとりが見て取れます。また絵が完成しかかった時に、しつこく手を加えて直したりもしていたみたいで。絵を描いた当時(過去)の自分と、成長した今の自分で目が違ってきますから、それが許せないって手直ししたくなるのわかるんですよね。そういうところで、僕はモンドリアンってなんだか人間味があっていい作家だな〜って気がしてます(笑)。

石田:さきほど線の話がでましたが、1910年代前半からプラスマイナスとか十字形のような線だけの作品が登場したのは大きな変化ですよね。この種の作品はほとんど黒一色ですね。

佐藤:西洋では伝統的にデッサンと色彩分けて考えている節がありますキュビスムは形を重視するあまり色彩が邪魔になっていきます。その影響を受けたモンドリアン色よりも重きを置いたのは、デッサン(線)だったと予想されます。たぶんですがこの頃の絵はそれの表明ですね。あと絵というものは、「線」と「面」と「点」で構成されると思っていて、モンドリアンの場合は、「線」と「面」だけで構成されていて「点」がないようにますが、「線」と「線」が交差する部分が「点」の役割を果たしているように見えます。四角いキャンバスの作品は水平垂直のグリッドが平行なので絵の中でだけ交差するのですが、ダイアモンド型のキャンバス作品グリッドが画面の外で交わることを想像することができるんですよね。点が画面外に発生する。画面の中だけでは完結しない絵なんです。

石田:モンドリアンって何か具体的なモチーフを描いているわけではないですが、見た人が何かしら連想することに関して、受け入れていたように思えます。自分の作品は「自然」から立ち上がってきたことを何度も強調していますし、「自然」とのつながりを否定していたわけではないようです。絵の中で完結するのではなく、ちゃんと現実とのつながりがあるように思います。

 

 

ピート・モンドリアン 《格子のコンポジション8-暗色のチェッカー盤コンポジション》1919年 油彩、カンヴァス デン・ハーグ美術館 Kunstmuseum Den Haag

 

佐藤:見た人がそれぞれにさまざまな解釈をできる絵ってこうじゃないといけないっていう決めつけはないけど、その裏にはちゃんと理想や理念がある。だから良い絵なんですよね。良い絵というのは空っぽの器のようだと思います。

石田:入り込む余地みたいなものは設定されていますね

藤:先ほども話に出ましたが、モンドリアン自身、同時代のいろんな作家の要素を柔軟に吸収しながら進化していったという側面があります。晩年の作品だと、線がもう無くなって、面と面がぶつかって、そこに線的な要素をもたらしている作品もあって。隣り合う面は色が必然的に異なるんです。だから線を要求しているように見えます。

石田:その色面と線の関係は、さっきのレイヤーを同じにするって話と一緒でいわゆる対等な関係を作っている、と言えます。「自分が何を描くか、何を主役に選ぶか、ということを一旦なくす」ということをやっていた、ということも言われていますところで、モンドリアンの絵のスタイルって、だいたい10年単位くらいで変化していっていて、この最後の作品『ヴィクトリーブギウギ(未完成)』は70歳くらいに描いたものなんですよね。

佐藤:常に今までやってきたものじゃないものに挑戦していかなければ気がすまなかったんでしょうね。本人がモンドリアンらしさから脱しようとしていた時期、1933年頃、『黄色の線のあるコンポジション』という50歳のの作品は、モンドリアンらしい作品をリクエストされたのに、それまでやっていなかった「色の線」だけにしてしまった。モンドリアンってそういうのに執着しないで、確立したスタイルはスタイルで、それはそれって分けて考えることができていたのかもしれないです。現代美術の世界では、ある時代から作家スタイルで語られてしまうようになってしまって、自らが作り出してしまったスタイルに縛られているように思います。

石田:実はモンドリアンの時代よりも現代の方が、そういう制約が多くなっているのかなとも思います。そこについても、モンドリアンを通して考えさせられました。

 

 

 

<最後に、集まったボランティアガイドや関係者からの質疑応答の時間が設けられた>

 

質問者①:モンドリアンは晩年に新たな領域にトライしていった、その心の動き方っていうか、そういうのは佐藤さん的にはどう思われますか?

佐藤:染み入ります(笑)。前へ前へ前進していこうっていう時には、切り捨てないといけないんですね、いろんなものを。ああでもないこうでもないって悩みながら……その突き詰めた先に何があるかっていうのは、結構「無」しかなくて(笑)。そうなると砂漠みたいな感じになっちゃうんですけども。その切り捨てたものっていうのは、その時、その時代の自分にとっては必要なかったものかもしれないんだけど、いろんな可能性を捨ててしまっているとも言えるんですよね、後から見れば。だから一つ金字塔みたいなものを作るときには、尖っていてもできるんですけど、続けるってなった時にはものすごく大変で。自分が否定してきたものたちっていうのを拾い集めて、可能性を見直す作業っていうか……

質問者①:モンドリアン的にはそうやって削ぎ落としていった先が、求めていた理想だったわけですよね。でも立ち止まって改めて考えた時、大切なものまで無くしてしまった〜と思って、晩年に回帰したんでしょうか?

佐藤:意外とそうでもなくて最後の作品である『ヴィクトリーブギウギ』って作品は未完成とされていますが、実は一度完成していたらしいです。でも、やっぱり違うっていう試行錯誤があって、亡くなる直前までいじっていたから未完成作品ということになっているんです。ドット絵みたいなことになっていて、「線」が一本もなくて。それまでとてつもなく大事にしていた「線」そのものを否定した作品を最後に手掛けていた、年老いてもまだまだできることがあるって思っていたんでしょうね。

 

質問者②:モンドリアンは音楽も好きだったようですが、やっぱり音楽の影響っていうのは作品に大きく反映してたんですかね?

石田:『フォックス・トロット』というダンスの名前が付けられた作品もあるので、音楽からの影響があるようにも思えるんですが、モンドリアンは彼が自説で展開したような来るべき世界像、世界観みたいなものがあって、それを実現したのが自身の作品だと言うんですね。それと同じような考えとか、予感めいたものをもとに音楽をつくったらこうなる、例えばジャズ、と言っていたのだそうです。

佐藤:音楽の構造を見ていたのかもしれないですね

 

質問者③:モンドリアンと額縁の話、もう少し聞きたいです。

佐藤:絵の厚みより薄い額をモンドリアン自身で作ったんですよね。それは、絵が地続きに壁とつながって、それはつまり絵が世界とそのままつながっているっていう考え方で。モンドリアンの額縁と絵の関係性は、こうすることによって絵画なんだけど同時にモノ化させていて、そこが僕は発明と思っています。絵描き同士で、どこまでが自分にとって絵なのか?っていう話をすると、キャンバスの正面だけが自分の責任を持てる絵画だっていう絵描きもいれば、壁までの厚みも含めて自分の絵画だという絵描きもやっぱりいて。そういう額縁と絵の関係性や見え方、考え方について、問題提起のようなことを自然にやってのけた最初の人かもしれないです

石田:今回、展示している白い大きい額に入った作品は、オリジナルの額なので、今のお話も踏まえてみてもらえると面白いかもしれないです。

 

L:最後に、LIVERARY編集部からお二人に質問です。モンドリアンの作品は、現在でいうとグラフィックデザインのように見えるって思うんですけど、それを絵画の軸の中でやったのがすごいという解釈もあるんでしょうか?

佐藤:僕は音楽には詳しくはないのですが、例えばビートルズがいなかった時と、ビートルズが現れてそれらの楽曲を披露して以降ってたぶん、世界が変わったと思うんです。そんなふうに今までなかったものを世の中に足すっていう世界観を立ち上げたのがモンドリアンのすごさですね。あとモンドリアンって、ビジュアル的な素晴らしさだけじゃないんですよね。絶対的に絵描きであるっていうのがあります。頭の中のイメージを単にビジュアル化したものが絵いうわけじゃなくて、イメージと絵具とキャンバスという物質がうまくかみ合った時に良い絵になる。僕も当初は教科書でよくみる作家だな〜ってくらいの認識だったんですけど、ドイツやオランダのデン・ハーグでたくさん実物を見たとき、もう全然思ってたのと違う!って興奮しました。物質感っていうか、野暮ったさというか、ゆらぎが、絵具が、画面が、すごいんですよグラフィックデザインでは決してなくて絶対的に絵画なんです。だから、モンドリアンは絶対実物を見て欲しいと思っています

L:ピカソやキュビスム的な画家たちは、モンドリアンの領域にはなぜ行かなかったんでしょう?

佐藤:「このまま行き過ぎるとやばいからやめておこう」ってなったんだと思います。突き詰めていくと、単純化されすぎて、それ以上もう描き続けることができなくなるって想像ができたのだと思います

石田:キュビスムの時代の絵は、何らか絵にする対象があってそれをどういう風に再現するかが前提だったんです。3Dの物質を2Dの絵にするうえで、今までなかった方法論を試したのがキュビスム。それに対して、モンドリアンは自分なりの理論を立ち上げて、その理論そのものを描くことに成功したと言えると思います

佐藤:そう、だからはじめに言ったとおり、彼の作品は発明なんです。

 

イベント情報

2021年7月10日(土)~9月20日(月・祝)
モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて
会場:豊田市美術館
時間:10:00〜17:30(入場は17:00まで)
休館日:月曜日(8月9日、9月20日は開館)
観覧料:一般1,400円(1,200円) / 高校・大学生1,000円(800円) / 中学生以下無料
※( )内は前売り及び20名以上の団体料金。
※障がい者手帳をお持ちの方(介添者1名)、豊田市内在住又は在学の高校生及び豊田市内在住の75歳以上は無料(要証明)
前売券:ローソンチケット [Lコード43232]
主催:豊田市美術館、日本経済新聞社、テレビ愛知

佐藤克久:
1973年広島県生まれ。1999年愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了。主な個展に「何かは何か」(See Saw gallery+hibit、愛知、2016年)、「ふりをしたつもり」(児玉画廊|東京、東京、2016年)、「レジャーシートをひろげるムジュン」(児玉画廊|天王洲、東京、2019年)、など多数。主なグループ展に「リアル・ジャパネスク―世界の中の日本現代美術」(国立国際美術館、大阪、2012年)、「反重力 浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド」(豊田市美術館、愛知、2013年)、「あいちトリエンナーレ2016」(名古屋市美術館、愛知、2016年)、「アイチアートクロニクル1919-2019」(愛知県美術館、愛知、2019年)、「豊田市美術館 リニューアルオープン記念 コレクション展 世界を開くのは誰だ?(豊田市美術館、愛知、2019年)、など多数。

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