鷲尾友公は、名古屋エリアという狭い視野で見ても全国的に見ても、かなり珍しいタイプの活動を続けるアーティストのひとりである。
地元・愛知に活動拠点を据えながら、もともとはクラブシーン及び音楽界隈のフライヤー、ポスターといった友人間での依頼を受けたりしていたという。最近では、名古屋市や伊勢市といった比較的大きなクライアントワークも手掛けている。昨年は、金沢21世紀美術館にて、環ROY、スガダイローらとともに公開制作/パフォーマンスを行うなど、アートシーンへの展開も見せている。かと思えば、キューバに訪れ、現地の学生に授業をしたり、展示をしたり……さらに今年は中国へ招聘されるなど、海外での活動にも幅を広げつつある。
しかし、それらクライアントワークや海外や美術館での展示などにおいても、彼のスタンス/姿勢はクラブの友人のフライヤーやポスターを制作していた頃と変わらず、常にフリーキーである。そんな彼の<裏アーカイブス的な展示である>とされる個展「鷲尾友公のWILD THINGS」が現在、アートラボあいちにて開催中だ(〜6月5日(日)まで)。
今回取材前に少し話をした時、「自分の肩書がデザイナーなのか?イラストレーターなのか?画家なのか?いずれにも定めきれてない」ということに少々悩まされていると言っていた鷲尾。今、彼は何を考えているのだろう。自宅兼アトリエ、通称「ワシントンデザイン研究室」にお邪魔した。
SPECIAL INTERVIEW :
WASHIO TOMOYUKI
Interview,Text & Edit : Takatoshi Takebe [THISIS(NOT)MAGAZINE,LIVERARY]
Photo : Tomoya Miura
―今回の展示「鷲尾友公のWILD THINGS」について簡単に説明してください。
4階と5階で分かれていて、4階が新作数点を含めたシンプルな内容。5階は実験室の様なイメージで完成に至るまで
―ご自身の裏アーカイブス的な展示だ、と聞いたのですが5階部分がそういう役割になっているんですね。
絵を描く時って筆入れする前に、
―経緯としては、先方からお話が来たからやることになったんですか?
そうだね、昔の職場の先輩であるチャゲさん(森北伸さん)が今回のキュレーターで、焼き肉食べてる時に久しぶりに電話がかかってきたんだよね。で、「わっしー、なんかやろう!」みたいに言ってくれて。森北伸…アーティストであり、愛知県立芸術大学の准教授。
―職場ってのは?いつぐらいの?
僕が高校を卒業して、初めて働いた造形屋さんのバイト先で。森北さんは、そこの先輩。仕事は、発砲スチロールでいろんな造形物を作る仕事で。例えば、ディズニーランドにあるアトラクションの石とか、ああいうのを作ったり。そこで、作家活動をしながら働いてた先輩がチャゲさん(森北伸さん)なんだよね。
―そこから仕事辞めて、作家になったんですか?
なってないよ。どうすればなれるかわからなかったからね。大学行かないとなれないのかな?って思ってた。だから、時々造形屋さんを手伝ったりしながら夜は絵描いて、という感じ。それから海外に行ってみたり、イベントのフライヤーとかやるようになっていって、CDのジャケットデザインをやってみたりして、デザイナーというか自分が絵を描いてみせる場所というのがクラブって場所だった。そんな感じで自分のポジションが見え始めたのかな〜。
今回の展示風景の一部。壁二面に張られたこれまでのポスター作品や、床には下書きなどが無造作に置かれている。
―なるほど。ちなみに、絵は独学なんですよね?
基本的にそうだね。芸大には行けなかったしね。先輩の展覧会を観に行ったりポスターを作ったりして。現場の反応を聞いて、勉強するといった具合。
―鷲尾さんの絵って、どこかしら和の要素があるじゃないですか?それって、誰かに影響を受けたのですか?
まず、僕が日本人だからっていう理由もあるけど、影響を受けたのは粟津潔さんかな〜、やっぱ。“和の要素”っていうか、70年代頃の土臭い感じがかっこよかったから、
「名古屋まつり2015」ポスター
―最近のイラストレーターって言われる人たちの作品って、よりシンプルイズベストな方向に向かっていっていますよね。基本、白黒がおしゃれ!みたいな…。現行のそういうイラストレーションの流れについて、どう思います?
まあ、時代の流れもあるし。ファッションにも流行とかあるけど、僕は絵の流行には乗れなかったというかね。みんなと違うことをしたいって思いのほうが強いです。でも、一回シンプルな方向の絵もやってみたことあったけどね(笑)。自分には合わなかったね。難しいね。
―企業から依頼されるお仕事もありますよね?そういう仕事って、ある程度、自分を制限されるのでは?
ん~。「比較的自由に」って依頼が多い気がするね。大まかなイメージは与えられるけど、具体的に「こういう風に」って言われたことはあまりない。修正もほぼ無いといえる。全部自分の中で完結させてる。でも、それでも悩むしね。いつもどこで終わりにしようかっていう最終判断は難しいね。
―以前にお話した時に、自身の肩書きについてすごく悩んでるって話を聞いたんですが。「イラストレーター」か「グラフィックデザイナー」か「芸術家」とも言えないしって。僕個人的には、かなりレイアウトを意識しながら、つまりデザインしながら絵を描いている人っていうイメージです。
うーん、それについてはまだ答えは出てないけど。たしかに、美術館の人によく言われるのが「まとめ上手」と言われます。でも、それは美術的な視点からの見解だと、「最終的にまとめにいこうとするから、構図が面白くなくなる」って言われたり。デザインと絵は違うみたいだね。絵は「手放すタイミングが大事」みたい。デザインだとさ、ずっと細かくいじっちゃうじゃない?絵は、違うんだって〜。「まとめなくてもいい」って言われて学んだ。その力をつけないといけないって言われました。
―あの金沢21世紀美術館の展示の時ですか?あの壁画も結構まとめてあったかもしれないですけど、僕はめっちゃ好きですけど、あの作品。
そうそう、あれは経験不足だったのかな~と思う。まとめに行っちゃうんだよね、どうしても。絵と絵の間隔が均等にしないと嫌だな~って気になってしまうんだよね。パソコンだったら整列させたりするじゃん?作ったものに対して寄り添う時間っていうのが必要で、部屋で作っている時と現場で作っているものは時間の流れの感じ方が違うからね。現場は判断力が必要というか。だから、その場ではノリで描いていたとしても、2、3日経って改めて見てみると、「ん~!こことここの間隔、微妙に気になる~」みたいに独り言を言っては消して、描いて、また消して…。デザイナー的な考え方になっちゃう時があるんだよね、きっと。
やっている仕事で変わるけど、イラストレーターの仕事って、個人的な感情は必要ない気がするんだよね。消費者/クライアントから求められたものに応える作業かなって思う。その仕事の先には、消費者が確実にいるわけで。画家や芸術家はまたそれとは違うんだって気づいたんだよね…。描いた絵が売れなかったらお金にならないんだから。…とかってのをぐるぐる考えている。どうかな〜。
―それでいくと、鷲尾さんは、ポスターとかの仕事で描いた絵もひとつの作品として作っているんですか?
う〜ん、作品とは思っていないね。キャンパスとかで作品を描いてる感覚とはやっぱりちょっと違うから。作品としての絵とクライアントワークの間くらいの感覚かな〜。お客さんも楽しませたいし、自分も納得したい。結局、ものをつくってるってことが楽しいってことだと思うよ。
<インタビュー後編へ>
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鷲尾友公
1977年、愛知県生まれ。イラストレーター、グラフィックデザイナーなど。表現という 分野において、ジャンルや手法、高尚も大衆の別もなく独自の文脈で作品を制作し活動する。 美術館や海外でも発表された彼のオリジナルモチーフの手君は運気アップのアイテムの一つ。http://thisworld.jp/