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「CINEMA CARAVAN in 白川郷」開催直前インタビュー。世界遺産で映画上映するだけじゃおもしろくない… 音、食、そして観光と生活、すべてを投影する最もシネマティックな村祭。

2015.07.18.Sat - 07.20.Mon | 岐阜県白川村

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白山麗の豊かな自然の中にたたずむ合掌造り集落として、世界遺産にも登録されている白川郷。全国的にも知名度の高い観光地といえるこの場所を舞台に、7月18日(土)~20日(月/祝)まで「CINEMA CARAVAN in 白川郷」と題されたイベントが開催される。

 

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CINEMA CARAVANとは何なのか?

これまでも多数の地域で展開してきたCINEMA CARAVANは、<地球と遊ぶ>をコンセプトとし、逗子海岸映画祭をはじめ、国内外で移動式映画館を展開。訪れた土地の人々や文化と交流し、人と人、土地と土地を結び続けてきた。そして、白川郷の世界遺産登録20周年記念イベントの一環として白川村へ…

 

今回のテーマは、<五感で体感する白川郷>

「CINEMA CARAVAN in 白川郷」では、合掌造り家屋を造るための茅葺き技術と美濃和紙を活用した特製スクリーンを制作し、そこで3日間にわたり、3本の映画上映を行う。その他、白川を含む飛騨地方や美濃地方など、岐阜県内の食材や調理法、民芸品など様々な地域文化を体感できるブースを展開する「Share The Table」や、HIPHOPアーティスト・DJ MITSU THE BEATS (from GAGLE)が村内に滞在しながらフィールドレコーディングを行い、初日にはライブも…などなど、映像、音楽、食、さまざまな手法で立体的に白川郷の魅力を体感できるプログラムが多数行われる。

 

その仕掛け人たちは果たしてどんな思いでこの企画に踏み切ったのか?

白川村役場観光振興課・高島一成さん、CINEMA CARAVAN代表・志津野雷さん、そして、その2つの間に入るハブとなった、地域おこし協力隊・大倉曉さんの3者に話を伺った。一過性の村おこしイベントでもなく、単なる映画祭でもない。彼らが見据える景色とはいったいどんなものなのだろうか?それぞれの思いを、それぞれの立場から語ってもらった。

 

FEATURE:
CINEMA CARAVAN in 白川郷 


INTERVIEW WITH…

KAZUNARI TAKASHIMA , RAI SHIZUNO AND AKIRA OKURA

 

Interview , Text & Edit : Takatoshi Takebe [ THISIS(NOT)MAGAZINE, LIVERARY ] 
Photo : Shunsaku Hirai

_MG_5399_R写真左から、高島さん、大倉さん、志津野さん

 

 

―白川郷は全国的に知名度の高い観光地だとは思うんですが、今回の企画に至る経緯として、まずちょっと最初に、白川郷の現状について教えていただいてもいいですか?

高島:世界遺産に登録されて以来、登録前は年間60万人の観光客数だったのが、年間150万人というお客様が来ていただく状況になりました。ただ、滞在時間が非常に短いのが問題になっていまして…だいたいひとり1時間弱っていうデータで。そうなると当然、観光消費額っていうんですが、ココで使われるお金も低いわけなんです。

 

―来場者数は多いけれど、お金を使う前にすぐ帰ってしまうってのが問題点なんですね。

高島:そうです。村としては、小さな村なので、世界遺産になったことで一気に人が押し寄せてくる状況に完全に翻弄されてきたわけです。本当は、村にはもっとすばらしいものがあるんですが、それをうまくPRすることができず、結局来るお客さんを捌くだけっていう、そんな<捌く観光地>になってしまっているのが現状ですね。

 

ーなるほど。ちなみに、白川村の現状としては、過疎地域の傾向だったりするんでしょうか?

高島:現状、定住人口もどんどん減っていて。平成10年で、2000人ちょっといたのが、今だと1600人にまで減少しています。住みたいと思ってここに住む人がどんどんいなくなっているんです。結局、Uターンで帰ってきてもらう村出身の若者を含め、若い世代がココに夢や希望を持って帰ってくるっていう状況がすごい必要なんですけど。観光の面だけで言うと、今は何もしなくてもお客さんが来てくれる、それを捌いているだけっていう状態。だから、受け身な感じなんですよね。観光の入客数も増えてはいるものの、定住人口はどんどん減ってるってことで、村もいろんな施策をとってきたんですけど、なかなかうまくいかない。それで、昨年度から、総務省の取り組みで都市部から田舎へ人材を派遣する制度「地域おこし協力隊」を導入し、村に昨年3名受け入れることに。外部の視点を取り入れようということになったわけです。彼らに最初にお願いしたのが、情報発信の部分で。さっき村は受け身だって言ってたんですけど、情報発信となるホームページもあまりイケてない感じで(笑)。

 

―(笑)。だいたい行政のホームページってもう想像がつく限りっていうか、残念な感じのが多いですよね。

高島:そうそう。さらっと載せて、はい、情報発信してます!っていうのがお決まりなんですけど…。でもそれではいけないでしょってことで、もっと村民の暮らしぶりを発信してほしい、と。村の人々が1年を通じてどんな景色を見て、どんなものを食べたり、どんな時期にどんなことをしてるかっていう…そういうリアルな暮らしの部分をもっともっと発信していきたいっていう思いがありました。彼ら(地域おこし協力隊)にそういった良質な情報発信をまず最初の課題としてお願いして、FacebookやInstagramを立ち上げたりブログをスタートしたり、そんなことをしながら情報発信をしてきました。それと同時に、人口の確保ということで、空き家がやっぱ増えてきているので、朽ちていくまで、ただ危険家屋にしていくんじゃなくって、朽ちる前に有効活用をして、むしろ移住者の獲得に繋げていけるような取り組みを始めました。で、移住したいという方は、一昨年までは0(ゼロ)だったんですけど。この1年ですでに実績があがり、この夏、いくつかの家族の移住が決まっています。

 

ーお〜すごい!

高島:ちなみに、その情報発信と空き家の有効活用っていう2つのミッションは白川郷のあるエリアではなく、平瀬という南部エリアに重点を置いていたんですが、大倉くんなんかは、情報をキャッチする感覚がすごい高くて。この村に住みながら、合掌造り以外の白川の魅力だとか、この村の人たちの魅力、食の魅力…敏感に彼が反応してくれて、もっとこういう風にすべきだ!とか、もっとこういう風に見せるべきじゃないのか?とかどんどん提案してくれて、そういった新しい試みが村の発展へと少しずつ繋がってきていることは実感しています。それで、「シネマキャラバンin白川郷」という企画につながっていった流れです。

 

―なるほど。実際に、村内で生活するなかで生きたアイデアが生まれてきたんですね。大倉さんは、いつごろからこちらに住んでるんですか?

大倉:僕が住んだのは、去年の4月からですね。それまでは名古屋や東京でいわゆるサラリーマンとかやってました。広告会社や、ネット系ベンチャー企業の事業を立ち上げたりなど、転々としていました。

 

ー大倉さんは「地域おこし協力隊」として、どうしてまた白川郷の地域おこしに参加しようと思ったんでしょうか?

大倉:理由はいくつかあるんですけど。ひとつは僕は名古屋生まれで名古屋育ちで、岐阜はすごく身近でよく遊びに来てた場所だったんですが、岐阜ってその魅力的な部分の打ち出し方がいまいちイケてないっていうか。なんかイマイチだなって思うことが多くて、素材はいいものを持っているのに、もったいないな〜って思っていたんです。で、自分はいろいろな仕事をしたり、プライベートで旅行したりする中で、観光業や、日本の地方っていうものがもうちょっと元気になっていけば、日本全体が元気になっていくんじゃないかなって思うようになっていて。何となく漠然と地方の観光に関わる仕事がしたいな〜って思ってたんです。東京は東京でいいところがあるし地方は地方の良さがあって、だから、東京〜地方の相互間で動きながら働けたりしたりできる環境が作れたら、と。自分自身もその方が楽しいし、異なる場所どうしで、それぞれの地域情報をお互いに知り合うことで新しいネットワークもできていくかな、と。地方の人たちも都会の人たちももっとハッピーになるんじゃないかなって思っていて。そういう仕事ができたらなって思っていたんですよね。

 

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「地域おこし協力隊」とは、人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に誘致し、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした総務省による地域文化振興の新しい取り組みといえる。白川村では大倉暁さんのほか、現在7名のスタッフが村の活性化に尽力している。

 

ーなるほど。自分がやりたいことは何なんだろう?って考えていた、そのタイミングでちょうど白川郷の地域おこし協力隊の募集が出ていたと…。願ったり叶ったりですね。

大倉:そうそう。で、それまで協力隊のイメージって<地方で暮らそう=農業やろう>的な内容の募集が割と多かったんですけど。今回は、<情報発信ができる人>っていう募集だったんで、自分のこれまでの仕事の経歴と自分のモチベーション、これからしたいことの展望っていう要素と、<白川郷という地域が求めている人材>とが重なって。もともと興味があったんで、物は試しということで挑戦してみよう、と。白川郷は、さきほど高島が言ったみたいに、<捌く観光地>みたいになっちゃっていて、でもそれって日本のどの観光地も結構いま一緒の問題を抱えていると思っていて。白川郷がちょっとでも変わるきっかけを生み出すことができれば、もっと日本の観光が楽しいものに変えていけるきっかけになるのかなって。

 

ー日本の観光PRってたしかに今の若い人たちに向けたような、いわゆるイケてるものが少ない、というか昔からずっと同じような打ち出し方しかしてない地域が多い気がしますね。特にもうネームバリューがあるところはそのまま現状維持ってのが多そうです。

大倉:そういうことなんですよね。そのバランス感覚もわかっている自分だからこそできることがあるとは思っていて。もう1つの理由として、自分たちの生活って行政とか政治の仕組みに支えられて回ってるんだって、30歳を超えてからすごく考えるようになって…。でも、今までの自分ってすごくそれをないがしろにしていて、とりあえず税金払ってれば勝手に道路とかってきれいに整備されたりしていくわけで…。でもそれは本当はいろんなシステムの中で回っていて、気づかないところで僕らの上の世代によって自分たちの好きなように税金を使われた結果、様々なしわ寄せが僕らの世代に降り掛かっている。その負の循環をもうここで食い止めないとなって思ったんです。じゃないと、僕らより下の世代、自分たちの子どもの世代がもっと借金を背負うだけだし。だから、僕のような異分子みたいな存在が行政組織の内側に入ることって、たぶん政治とか世の中もっとよくなるうえで必要なことじゃないかなって。中に入ることで、ある意味自分が起爆剤になりたいなっていう。「地域おこし協力隊」ってそういう意味で、地方行政の外部と中の間をうまくつなぐ立場なので、そういう意味で面白いなって思って入ったのがきっかけですね。

 

ー実際に、白川郷に住んでみることも中に入るってことだと思うんですが、中に入ってみてどうでした?

大倉:えっと、まず人口が1700人ってすごく少ないので、車のナンバーや顔をすぐ覚えてもらって「大倉くん、昨日高山にいたでしょ」って村の人に言い当てられたり(笑)。それくらい超狭いことにびっくりしました。けど、逆にそのぐらいの人数だから顔も知れて、色々話すると、よそ者の僕をすごい紹介してくれたり、つなげてようとしてくれるし身動きがすごくとりやすい。それに、役場の人も村長を合わせてもすごく人数が少ないので、ボトムアップでこういうことしたいとか、こういうのが問題だとかの話をすごくしやすかったりとか、上にすぐ上げてくれたりとかっていう風通しの良さがあって。だから、むしろイメージしていたよりもすごく内部で動きやすいですね。他の自治体の話とかを聞くと、やっぱり役所の人間と住民との距離感がすごく遠かったりっていうのがあると思うんですが、白川村に関してはそこはすごくやりやすい環境でしたね。

 

ーでは、志津野さんは、白川郷を実際に訪れてみて、率直にどんな感想を持たれましたか?

志津野:最初に僕らが入ったのは、白川郷のある観光地化された北部エリアではなくて、もっと自然のままの良さが残った南部エリアだったんです。で、白川郷っていう合掌造りがあるのはもちろん知ってるんですけど、僕はもともと観光地が大っ嫌い!な人間なので。

 

ーえ!(笑)。それは何でですか?

志津野:なんか綺麗なところばっかの見せかけが多いって言うか。住民の創意が感じられないし、お店を出してる人もそうだし。で、結局汚いものにフタをする感じがしてしまう。それって別に白川郷がって話じゃなくて、世界中の観光地がどこもそういう風なので、嫌いなんです。旅はすごいたくさんするけど、一回も観光地に行ったことがないっていうくらいで。観光資源が何で、とか、それでいくらお金が落ちるとか…っていうところじゃなくて、むしろその裏で普通に働いたり生活したりしてる地元の人たちに興味があって。で、最初に白川村に訪れた撮影時は、北部ではなくて自然が残る南部の地域、を昼間は撮影して、身体を動かして。で、山も綺麗だし湖の方もそうだし、こんな自然豊かな村があるんだ〜って、本当にシンプルに感じて。で、撮影後にいろり囲んで飲みながらアキラ(大倉曉さん)とかと話していた中で、シネマキャラバンっていう存在を知ってくれていて、お互いがどういう思いで活動してきたかを話して。それで、何か一緒にできたらいいよねって。

大倉:結局、合掌造りが白川郷では一番有名なんですけど、日本の三名山の白山の麓にあって、国立公園でブナの木の原生林が残っていたり、樹齢何百年っていう林がすごく残っていて、すばらしいんですよ。

 

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ーそこ(南部エリア)はあまり観光地されていないんですか?

大倉:されてないです。というか、しきってないですね。新緑から紅葉まで本当に表情豊かなんですけど、やっぱり地元の人はそれがすごい当たり前になっちゃってて。それは、もちろんすごく幸せなことなんですけど。行政としても合掌造り以外の自然に関するアウトドアの要素だったとか、ブラッシュアップできる魅力がたくさんある。そういう観光資源は、南部に多くあって、そこの発信っていうのが僕らの仕事でした。それで志津野さんたちに取材に来てもらったわけです。

志津野:あのときは、4日くらい滞在したんだけど、白川郷にいたのは短かったよね。ほぉ〜みたいな感じで。で、すぐ「山行こうぜ」って(笑)。そっちの方が気持ちいいし楽しいしって。

高島:僕ら地元民からすると、山菜取りだったり登山したり、湖見に行ったり釣りだったり、昔で言えば熊を猟師さんがとったりするっていう生活するうえで大切な場所であり大好きな場所ですね。アクセスも悪いし、まさかそこがそんなに外部のひとたちに喜んでもらえるような場所だとは思っていなかったんです。生活と密着しすぎていて、地元の人間からしたら観光資源としてはまったく見れていなかったと言うか。

 

ー当たり前にそこにありすぎて、日常の一部の風景に過ぎなかったから、そんな価値があるなんてわからないわけですね。そこに外からのフラットな視点が入ると、おもしろいものに見えたり、気づかなかった価値が見出された。少なくとも志津野さんの心を動かしたわけですね。

志津野:俺も白川郷のみんなを逗子に呼んだときも同じことを思ったんです。住んでいる側からしたら当たり前なんだけど、例えば、俺らが普段飲んでる飲み物とか食べ物とかも出したら喜んでくれるっていうか。それって、こっちもなんかすごい嬉しい気持ちになれるんですよね。なんかそういうことを伝え合うことは大事だなって。外部からの客人がひとり来てくれると、「これ、美味しいっすねー」って言ってもらったら、そこで単純に喜びがあって。そういうのがやっぱり地元の人たちのプライドとかに繋がるし、自分たち自身もいつもの生活やいつもの景色をちょっと違った視点で見つめ直すきっかけになっていく。

高島:本当におっしゃる通りで、僕もすごく最近それを感じるんです。白川村のおばちゃんたちが地元でしか食べてないようなこっちの「おばちゃん飯」みたいな食事があって。それを外の人たちが喜んで食べてくれて、「やばい!」「うまい!」って言ってくれるのがすごくうれしいみたいで。その瞬間だけでもすごく活気づくんですよね。

 

ー地元の人からしたら普段から食べてるような、なんなら毎朝食卓に普通に出てくるメニューだったりする食べ物なんですよね、きっと。

高島:本当にもっと身近なところにすばらしい文化とかって存在してて。「白川郷」みたいな世界遺産だけじゃなくて。それをこう支えてきた地元の人たちの暮らしの中に光るものがあるんだよなあって思いますね。でもそれって地元の人じゃ気づけないから。外の人と、こうお話したりだとか、触れ合うことで、いろいろ気づくことがあるんだっていう。だから、今の<捌く観光>をやってるうちは絶対にそういうポイントには気づかないし、気づけないんですよね。

志津野:それが、外(来訪者)と中(地元民)っていう話だけじゃなくて、内側の中にも外(観光)と中(生活)っていう分かれ方をしていて、その<観光>と<生活>っていうか、光と陰って言うのはあって。それは白川だけでなくて、例えば、同じく世界遺産「屋久杉」という観光資源を持っている屋久島に行ったとき、世界遺産の屋久杉の裏の林業の話を地元の人から聞いたんです。白川でいうと平瀬(南部)と白川郷(北部)っていう地域で2つの顔があるんですね。そこで、俺たちみたいな外の人間が中に入って、もともといた地元の人たちとと交流を通じて、観光地的な側面だけじゃない地元の本当の良さみたいなものもいろんな角度から見て、中の人たちにも気付いてもらいたいし、外の人にも知ってもらいたい。さっき、アキラ(大倉曉さん)が、外の人が中に入ることが大事だって話をしていたけど、その点、キャラバンのメンバーって、俺も含め、ズカズカ入って行けるほうだし、どんなところでも俺たちのホームにできるっていうか、なんなら3時間もあれば地元の人より地元っぽくなっちゃうくらいで(笑)。外と中をひっくり返せるくらい…。

 

_MG_5368_RCINEMA CARAVAN主宰であり、写真家の志津野さん。サーフィンをきっかけに地元・逗子の海の素晴らしさを伝えたいという思いを抱いたのがきっかけでキャラバンを発足。

 

ーなるほど、白川村がひっくり返っちゃうかもですね(笑)。でも、キャラバン開催中だけ盛り上がってもあまり村の利益には結びつかないですよね?こういう地域おこし的なイベントって一過性の盛り上がりに過ぎない場合も多々あると思うんですが、そこらへんはどうお考えですか?

大倉:だから例えば、いわゆるフェスみたいなイベントだと、短期間でワッと盛り上がって、外から来るゲストもワッと盛り上げるだけ盛り上げて帰っちゃう、みたいな瞬間風速的なことになってしまうと思うんですけど。それって地域側も、外からのゲストにとっても何も残らないというか。やっぱりお互いに本当の意味ではハッピーになれないんじゃないかなって。そもそも「地域おこし」として活動をやっていてこんなことを言うのもよくないですけど、<地域が倒れているからおこしてあげよう>とか<地域が死んでいるのから生き返らせよう>って、そういう言い方/考え方自体がなんだか住んでる人のプライドも傷つけてしまうのでは?って思っています。そうじゃなくて、要はみんなでつくるお祭りをやれるとすごくいいなあって。全部取っ払って、ゼロベースでみんなで楽しめるお祭りをつくりたいな、と。

 

ーイベント当日の盛り上がりの効果だけでなく、むしろそこを作り上げていく、そこに向かっていく過程が重要かもしれないですね…。

大倉:そうですね。中の人も外の人も、いろんな人と人が交流して、結果として各々の日々の生活における新たな発見を見出すスイッチになるか?ってところが重要だと思っています。もともと、キャラバンのことは知っていたんですが、<野外映画祭>っていうイメージが強くあったんです。だけどそれは違っていて、本当の魅力はそこではなくて。彼らと接する中で「人と人とをつなげたい」っていうメンバーの思いの部分だったり、その熱量に魅力を感じたというのが本音です。だから、村の人たちに彼らを会わせることで人と人の化学反応を起こしたい、というのと、逆にキャラバンの人たちも白川村や岐阜で得たアイディアとか経験ってものを持って、今後他の土地へ行ってもらいたい。そしたらまた違う土地で岐阜や白川村のことを知ってくれるきっかけをつくってくれるだろうし、キャラバンをきっかけに白川村へ訪ねて来てくれる人もいるかもしれない…。シネマキャラバンがある意味、ハブになってくれて、白川村の中でも外でも、人と人、文化と文化をつなげるきっかけになってくれるんじゃないかって思うんです。

 

ーシネマキャラバンとしては、そういう町おこし的なものはこれが初めてですか?

志津野:いや、もう数々やっていますね。北は夕張から、もう南は長崎の軍艦島なんてところとかでもやってきました。もともと僕が写真やってるので、そこの地域のいろんな背景なども含めて見出したいと思っていて。それをどうやって写真、そして、映像といったビジュアルに表現として落とし込むか、地域活性化につなげるかっていうのはずっと考えてきました。

 

ーでは、さきほどの話に戻って、ある種、一過性に過ぎないとも捉えられるキャラバンを続けてきてみて、地域活性化に本当につながってきたのでしょうか?

志津野:どこの土地にもやっぱりそこにはすごいお宝(観光資源や、その土地の人々の暮らしぶり)があるんですけど。これまで、5年くらいかけて、「シネマキャラバン」という名の<LIVEな媒体>という場作りとしては、ある種、形ができてきました。例えば、3日で設営して、3日間本番して、1日で解体して、あっという間に消えていってしまうといえばそうで…。その期間は、その土地の人たちもその場にいるお客さんたちも喜んでくれるんですけど、でも俺の中でも今のままのスタイルで、10年、15年とやっていくためにも、もう少し自分の中でもモチベーションをあげるためには?っていうところを考えていたんで、俺の中での<シネマキャラバン:第2章>みたいなタイミングで、今回の白川郷の話が来たって思っていて。だから、そこの悩みもアキラ(大倉曉さん)には話しています。

 

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ー志津野さんの中で、葛藤があったわけですね…。

志津野:別にただイベントを3日やるだけだったらもう別に、「シネマキャラバン」としてやらなくてもいいかなくらいに自分の中で思っていたんで。だって合掌造りで映画祭!ってなんかもう想像できちゃうと思うし…。だけど、そうじゃなくて、シネマキャラバンが終わったその後にもちゃんと残るような、何か形になるのなら、そこがもし見えたのなら、俺たち自身もネクストステージに行けるんじゃないかなって。俺たちは旅人だから。でも故に人生1度しかないからこの瞬間なにができるか。イベントや滞在する場所も借りているし、いつもこういった美味しい水も飲ませてくれるこの土地の人たちに対しての感謝の気持ちが、どう俺たちが残していけるのかっていうのが、ない頭で考えて今までやってきたこと、その経験を全部出すしかないって思ってます。俺らなんて1回もサラリーマンもやったことない、社会に入ったこともない集まりで、それでも俺なんか7歳の子どもがいて、年齢も40近いけどこういう生き方だってできるっていうのも伝えたい。今回の企画だって、大してそんな難しいことをやってるつもりはなくて、要するに1歩踏み出すか踏み出さないか、だけの話であって。でもその差はやっぱり大きい。

 

―なんなら「シネマキャラバン」をきっかけに、今まで白川郷に来たことのない人に来てもらうってだけじゃなくて、名目としてはもちろんあるとは思うんですけど、その方々にだんだん南部の方とかも行ってもらいたいっていう、そこにつなげたいっていうことですよね。

志津野:だから今設営している南部のほうのキャンプ場でシネマキャラバンも今日から始まったんですけど、あっちの空間をいまつくってるんですよ。こことどう連動させて、ここからどういう風に南部の山へ、すばらしい自然の広がるエリアへと連れていけるか?っていうところも考えています。

 

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ーなるほど。では、高島さんにお尋ねしたいのですが、いきなり「シネマキャラバンがやってきます!」って言われても、きっと村のおじいちゃんやおばあちゃんたちにとっては「何だかよくわからないものが自分たちの村に入って来る」って感じですよね?すんなり受け入れられたんですかね?

高島:そんなにすんなりはいかなかったですね…!大倉くんからいろいろ企画があがって来るんですけど毎回「んっ!?」ってなるわけで(笑)。「こういう企画です」って相談をされて、「いや〜OK、わかるんだけど…。これで村長なりうちの課長なりにうまくわかってもらえるかっていうところだ、まずは(笑)」って話をしていますね。「なんで映画をやるんだ?」って上に言われて、「いや、これは映画だけじゃなくて、実は、そこから食だったり、地球と遊ぶとかそういったテーマがあって…」って言ってもなかなか(笑)。

 

ーDJ MITSU THE BEATSが来ます!とか。

高島:…っていうのを言っても…みんな頭の上にはクエッションマークいっぱいになってしまうんですよね(笑)。何回も何回も企画を出し直して。それで最終的には村長が、「わかった。大倉がそこまで言うなら信用しよう。」と。

 

—そんなにやりたいなら、やれっていう感じですかね(笑)。

高島:(笑)。でも、僕はやっぱりこういう新しい動きが村にとって必要だし、20周年っていうタイミングでやり始めるっていうのが、いまが丁度いいんですってプレゼンをして。結局、上の人たちも抱えている問題、課題って、そこはみんな共通なんですよね。ただアプローチとして、多分こちらからいきなり大玉を投げちゃってるので、もうちょっと普通の行政だと段階を入れていかないとって言われるレベルです。何回も提案する中で、ようやく「あっ映画をやるんだ。あっ、レストランもあるんだ!」ってわかってくれて、実際に白川郷メンバーで逗子の海岸映画祭に下見に行って、「へぇーこういうイベントなんだ」ってわかってもらえました。

 

_MG_5459_R白川村役場・観光振興課の高島さん。この村で生まれ、この村で育った村民である彼無しでは今回のプロジェクト実現は難しいものだったことは言うまでもない。

 

ーなるほど。新しいこと、おもしろいことをやるって本当に大変ですよね。

高島:でも、さらに言えば、本当はもうちょっと村民たちもガッと近づいてきてくれることを望んでいたんですけど。それって初回ではすごい難しくて。だから、今回村民たちにもまずは遊びにきてもらって、参加してもらって、その中で興味を持ってもらえたら、「来年は、僕も実行委員として参加したい!」みたいに、お客さんじゃなくて運営する側に一緒に参加したいって言ってもらえたらいいなって。

大倉:こっちに参加してもらった方が絶対面白いですからね。当然、今回の1回限りのイベントにしたくないし、今後徐々に2年目、3年目と重ねていく中でもっと村のみんなが企画から参加してくれたらな〜ってそんな期待も高めています。自分たちの暮らしは自分たちで良くしていこうよ、盛り上げていこうよっていう空気感を伝えたいです。

 

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イベント情報

7月18日(土)、19日(日)、20日(月・祝)
CINEMA CARAVAN in 白川郷
会場:岐阜県白川村
開催時間:フードブース|12時〜/映画鑑賞|19:30~
※開催スケジュールや入場料・上映映画等詳細は現在調整中。
詳細:
白川村役場HP http://shirakawa-go.org/
白川村公式Facebookページ https://www.facebook.com/shirakawamuratsushin

CINEMA CARAVAN
「地球と遊ぶ」をコンセプトに、五感で体感できる移動式映画館。時には穏やかな湾の海辺、田んぼの中、丘の上、時代を作ってきた廃墟、または都会のど真ん中で。自分には無かった感覚を刺激する事により、より旅を深くし、個人の人間力を向上する。旅先の風景に野外上映用のスクリーンを広げ、日常から非日常の映画館を作り地元の方々から生きる知恵や工夫を教えてもらい、様々な文化を体験する。町と町、人と人とを繋げ、情報交換する場所作りをし、liveな動く媒体を目指す。いずれ点と点が繋がり縁となるように。(Text by 志津野雷)

 

DJ MITSU THE BEATS
HIPHOPグループGAGLEのメンバーであり、ビートメイカー、DJ、プロデューサーとして03年にソロ・アルバム『New Awakening』をリリース、海外アーティストと積極的にコラボレーションを行う。04年LAのカルチャー誌「URB」で期待するアーティスト100人に日本人で唯一選出される。国内のみならずアメリカやヨーロッパ、アジア圏でも成功し、国内外問わず数々の作品に関わり、そのアーティスト、ジャンルも多岐にわたる。英国営放- BBC Radio 1 ジャイルスピーターソン「World Wide」への出演やヨーロッパ各地の大型フェスにも出演し成功を納めるなど、日本が世界に誇るDJにまで進化、多忙な毎日の中でその創作意欲は留まる事を知らず、今もなお1日1曲以上のペースで日々音楽を造り出している。

 

吉川倫平
1979年東京都うまれ。東京・門前仲町「ビストロシャテール」で6年間、サービス・調理の経験を積み、渡仏。ボルドーのレストランで1年間の修業を積む。帰国後、都内の様々なフレンチレストランを経て「タンジェ」(東京・白金)のシェフに就任。2010年に独立し、渋谷に「Pignon」をオープンする。オープンキッチンのカウンター席をメインにした親しみやすい店内にボリュームたっぷりの多彩なビストロ料理が人気を呼ぶ。スパイスをうまく活用したフランス料理は伝統的な手法をベースにしつつ、海外での経験から得たインスピレーションを自由に取り入れたもの。無国籍とも言える独自の料理観が魅力。

 

posted by LIVERARY

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