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連載コラム 観光とコーヒー vol.1
それはただのコーヒーである

TEXT by 武田俊

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観光とコーヒー vol.1 それはただのコーヒーである

バス専用レーンが設けられた、片側三車線の幹線道路。

1Fが食品売り場、2Fが衣料品、3Fにはおもちゃ屋が入っているスーパー。
なぜだか老人の憩いの場になっている、地方銀行。
休日になるとゲートボールプレイヤーと少年野球チームで賑わう、一級河川の河川敷グラウンド。
県営住宅と公団、そしてささやかな敷地に建てられた、それでも庭付きの一戸建てたち。

それがぼくが18歳まで過ごした、この町のだいたいの風景だ。

10年ぶりに帰ってきたこの町は、なんだか少し他人行儀で、ちょうど実家に友達を連れてきた時に母親がきまってする様な、親しみある敬語で笑いかけてくる。

コーヒーと観光

ぼくはコーヒーが好きだ。というよりも、コーヒーのある空間が好きである。
コーヒーの味は東京でおぼえた。実家ではとても飲まなかったそれを意図的に飲み始めたのは、たしか山川直人さんのマンガ『コーヒーもう一杯』シリーズの影響だっただろう。その時読んでいる本をかばんに1冊入れ、老舗喫茶店やら、話題のカフェやらに楽しく足を運んだ。とはいえ、こだわりもうんちくもない。ただコーヒーがそこにあり、そして本があればよかったのだ。酸味よりも苦味のある銘柄のものが好き。そんな嗜好品が、ぼくにとってのコーヒーだ。

コーヒーと観光

そのことに気づいたのは、21歳。

道路工事のバイト代でミルを買い、調子にのってネルドリップで入れようと色々と揃えた道具たちが、高円寺の小さなボロアパートのキッチンに放置されているのを自分で発見した時だった。その時、ぼくはBOSSの缶コーヒー(ブラック)を飲んでいた。空き缶のゴミがたまって、部屋がより狭くなっていた(汚い)。

でも生活なんて、きっとそんなものだろう。

できれば、好きなものたちだけに囲まれた空間で、好きなことをして生きていたい。でも、そんな完璧にコーディネートされた生活空間は、実は味気なく、むしろ少しの苦い絶望を含んでいる。それは、きっと、パワプロのサクセスモードで、特殊能力満載の、イチローの能力を越えたオールAの選手をつくれてしまった時の、あの、絶望に似ているんだろう。ぼくが想像する限り。

完璧な生活がないように、ふつうの生活なんてのもたぶんない。 日ごとの暮らしはなにも変わらないようでいて、少しずつなにかが変わっている。 それはこの町のバス料金が、大人200円から210円に変わったこと。スーパーが小型のショッピングモール・APITAに進化(?)したこと。地方銀行がメガバンクに買収され、ささやかなキャッシュコーナーが設けられたこと。ゲートボールプレイヤーなんて、もういまはどこにも全然いないこと、からも明らかだ。

さて、この連載では、コーヒーと本さえあればまあなんとか「生活」していけるぼくが、ふらっと訪れたコーヒー店(喫茶店でもカフェでもよしとする)で、だらだら考えたことを書いていきたい。ぼくはいつも本を1冊は持ち歩いているので、おそらく本の話題も出てくるだろう。

10年ぶりに訪れたこの町は、喫茶店の町であり、18歳までろくにコーヒー店を訪れなかったぼくは、そこを観光するようにめぐりたいと思う。アウトサイダーの目線で、故郷を観光すること。その必要性を感じさせてくれたのは、きっと最近に読んだ東浩紀さんの『弱いつながり』の影響だ。ぼくはいつも、本に突き動かされるように、行動を起こしてきた。映画を撮ったり、バンドをやったり、雑誌をつくったり、会社をつくったりしたのも、よく考えてみれば、いつも本に突き動かされた結果だった。

そこにだけは、こだわりもうんちくもある。

生活なんて、そんなものだろう。こだわったりこだわらなかったり、語りたいうんちくがあったりなかったり。情熱だったり冷静だったり。そんな連鎖がたぶん生活で、コーディネートされた完璧は存在しない。オールAの選手はスタジアムには存在しない。だからこそ、悲しかったり、楽しかったり、愛おしかったりするんだろうな。たぶん、ぼくが想像する限り。

本日のコーヒー
APITAで買った「トリプレッソ」を、ミルクとハーフ・アンド・ハーフでつくったラテ(¥198/900ml)
本日の本:
山川直人『コーヒーもう一杯(1)』(エンターブレイン/¥650+税)
東浩紀『弱いつながり』(幻冬舎/¥1300+税)

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武田俊

武田俊(たけだ・しゅん)
元KAI-YOU, LLC代表/メディアプロデューサー/編集者/文筆家

1986年、名古屋市生まれ。法政大学文学部日本文学科在籍中に、世界と遊ぶ文芸誌『界遊』を創刊。編集者・ライターとして活動を始める。2011年、メディアプロダクション・KAI-YOU,LLC. を設立。「すべてのメディアをコミュニケーション+コンテンツの場に編集・構築する」をモット−に、カルチャーや広告の領域を中心に、文芸、Web、メディア、映画、アニメ、アイドル、テクノロジーなどジャンルを横断したプロジェクトを手がける。NHK「ニッポンのジレンマ」に出演ほか、講演、イベント出演も多数。右投右打。

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