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【INTERVIEW SERIES】 『カイツブリがつなぐもの』vol.2「“あきらめる”感覚を色々な土地にいって見てみたい」華雪

カイツブリの塔

インタビューシリーズ『カイツブリがつなぐもの』
vol.2「“あきらめる”感覚を色々な土地にいって見てみたい」
華雪(書家)

interview & text: 熊谷充紘(『カイツブリの塔』企画者、ignition gallery)

 


こんにちは。『カイツブリの塔』を企画している熊谷充紘です。

 このインタビューシリーズ『カイツブリがつなぐもの』は、『カイツブリの塔』にご出演頂く方々のバックボーンやふるさとへの想いを、読者の方々にバトンのようにつなげて、私たちが住む土地とあらためて出会うヒントになればと始めました。

Vol.2のゲストは書家の華雪さんです。小説家の古川日出男さんが主宰されている「ただようまなびや 文学の学校」で華雪さんのワークショップに参加した時に、初めて華雪さんが書を書く姿を生で見ました。床に敷いた大きな半紙の上に“手”という字を筆で書かれたのですが、字は立体なんだと初めて思いました。体全体を使って書かれるので、字の一画を書くたびに紙と筆が離れて、紙の上の空間を筆が通り、次の一画が書かれます。見えないけれど字の彫刻のようなものがその空間にはあって、刻んでいったものを最終的に華雪さんが墨で印を押すように紙に跡を残す。

僕は机の上で書く習字しか経験がなかったので、字はあくまで平面的なものだと思っていました。でも華雪さんの字は立体的だった。そうした時に、地図が思い浮かびました。地図はあくまで平面的な情報ですが、そこに書かれている土地は実際には起伏に富んでいる。この『カイツブリの塔』では土地を水平に垂直に立体的に捉えなおすことが目的の一つです。字についてもそこに込められた意味などを知り、体全体で書くことで、いつも何気なく使っている字に、思ったこと、感じたことをいくらでも込めることができるはず。たとえば、土地への思いも。華雪さんにお話をうかがいました。

kasetsu1

プロフィール: 華雪 書家。1975年、京都府生まれ。92年より個展を中心にした活動を続ける。〈文字を使った表現の可能性を探る〉ことを主題に、国内外でワークショップを開催。舞踏家や華道家など、他分野の作家との共同制作も多数ある。刊行物に「石の遊び」(2003年、平凡社)、「書の棲処」(06年、赤々舎)、「ATO 跡」(09年、betweenthe books)ほか。「コレクション 戦争×文学」(集英社)をはじめ、書籍の題字も手がけている。
http://www.kasetsu.info

———————

—それでは最初の質問させて頂きます。これはみなさんにお聞きしていこうと思うのですが、華雪さんにとって、“ふるさと”はどこですか?

華雪:京都です。けれど生まれ育った町には競輪場があって・・・。皆さん、京都というとある一定のイメージをお持ちじゃないですか。でもそれはあくまで京都の中心地のイメージで。それからすると、私の実家がある町はずいぶんかけ離れていて(笑)。子どもの頃は、特に競輪が開催される期間は外に出てはいけないと母に言われていました。でも家が競輪場の最寄り駅の近くだったので、競輪が終わると競輪場からベージュ色の人の波が坂を降りて来るのが見えるんです。

—ベージュ色?

華雪:いわゆる工場で働く人たちのジャンパーの色でしょうか。家の近くの市場では、競輪帰りの人たちがお酒をあおっている。一方、町の大半は長岡京があった場所といわれていて、地面を掘ればなにかしら遺跡が出てくる。通っていた小学校の校庭も、あるとき遺跡が出てきたせいで調査地になってしまったんです。そういう俗っぽいものと古都の歴史が入り交じる土地が私の“ふるさと”で、いまだにあまり親密な気持ちを持てないでいます。ちょっとまだ愛憎入り交じるというか(笑)。

—聞く側からするととても面白そうな土地に思えます(笑)。僕は愛知県豊田市出身で、多くの方がトヨタ自動車関連のお仕事をされていて、僕はそれが息苦しくて早く脱け出したいとずっと思っていました。大学入学を機に東京で一人暮らし始めたらすごくほっとしたことを覚えています。華雪さんは現在東京にお住まいですが、愛憎入り交じる京都から(笑)、東京へ引っ越したきっかけはなんだったのでしょうか。

華雪:当時、夫が東京へ転勤になったのがきっかけでした。京都の友人たちからは「東京砂漠だからやめといたほうがいい」って(笑)。散々止められて、私自身もどうしても東京に行きたい理由が見つからなかったし、しばらくためらっていたんです。けれど、住んでみたらなんてことがあるわけもなく、京都にいるより暮らしやすさを感じるようになってきました。京都だと出かければ誰かしら知った人と会うんですね。人と人との距離が近い京都での暮らしが居心地いい時もあったけれど、いまの私には、もうすこし遠い方が楽なのかなと。東京に来てそう思うようになりました。それに私、東京の空が好きなんです。特に冬の青空。京都の盆地の空と、東京の関東平野の空はあきらかに違っていて、澄んでいるように思えて。だからお正月のころの都心にひとが少なくなる時期って、特に東京に居たいと思ってしまいます。

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華雪さんの自宅から見える東京の冬の空

—平野と盆地の空の違い、意識したことなかったです。東京の空って高層ビルに囲まれて狭いというイメージがあったりしますが、それも視野が狭くなっているだけで、もう少し視野を広げるとさえぎるものがない平野の空が広がっているんですね。華雪さんにとっては東京の空がふるさとのようなものかもしれませんね。

華雪:親密さを感じる土地っていうと、新潟の市内もそうですね。きっと京都よりも詳しく町をガイドできると思います(笑)。十数年前からご縁があって新潟のギャラリーで毎年個展をさせてもらうようになりました。そのギャラリーのオーナーが新潟の新発田出身なんですね。小学生の頃から千葉に暮らすことになって、東京の大学を卒業したんですけれど、新潟に戻った彼は、いろんな仕事をしたあと、15年前から仲間と一緒にギャラリーを始めたんです。彼にとって久しぶりに戻った新潟は、知っているはずなのに知らない場所に思えて面白かったそうで、彼は町歩きをし始めた。新潟にやってきたばかりの私に、彼はそうやって若い時に自分が町を歩いた道筋を教えてくれたので、彼が歩いた道を地図片手に、3年くらいかけてずっと辿り直していた時期がありました。そこから新潟が親密になってきたんです。

kasetsu3新潟でギャラリーオーナーに書いてもらった地図と、それを元に新潟を歩いていた当時の華雪さんのメモ

—新潟との素敵な出会いですね。

華雪:そうですね。道しるべをくれる人との出会いが大きかったと思います。人の思い出の道行きを辿り直してみるという行為は、その人の思い出と自分の何かを重ねあわせるようなことなのかもしれません。私自身、ふるさとへの思いを持て余しているところがあるから、人の思い出と重ねることで、もう一回自分の中で“場所”というものに対する感覚を作り直しているのかもしれませんね。それは名古屋でも同じです。数年前まで毎年colon booksさんで展示をさせてもらっていたのですが、colon booksのオーナーの2人が好きな場所を教えてくれて、私が勝手に1人でそこにいって、見たものをあとで2人に報告すると、話がつながっていく。そういう時間が、土地との関係を深めていくのかなと思いました。逆にいうと、生まれ育った場所だとそういうことがなかなかない気がしていて。それは自分がしようとしてこなかったのか、生まれた場所だからこそ起こりえないのか、それはわからないですけれど。

kasetsu4新潟を歩いたことを元にして行った華雪さんの個展「刺心」で、来場者に配布した”地図”

—道しるべ。そうですね、「カイツブリの塔」がそのようなものに少しでもなれるように、続けていきたいです。今回おこなって頂くワークショップ「ことばをはこぶ<鳥>」は、参加者の皆さんと実際にテレビ塔周辺を歩いて、展望台にのぼって、この土地に対して考える時間を設けて、そこで思ったこと、感じたことを、<鳥>という字にのせて書くという内容です。こういう土地への思いを書に反映させるというアプローチはとても独特なように思うのですが、どういうところからこうした発想は生まれてきたのでしょうか。

華雪:新潟に通うようになったからだと思います。歩いていて、あまりに知らない感覚がいくつもあったんです。一番大きいのが気候の変化でした。新潟ってすごく天気が変わるんですよ。いつ雨が降るかわからないし、たとえば今日は曇りだなと思っても、みんなは晴れてるっていう。そもそもみんな、晴れがずっと続くと思っていない。そういった気候のなかでも、特に驚いたのは風でした。新潟市って海っぺりだから、風がすごくふくんですよ。ビュウゥウウウウゥってずっと。

—耳鳴りみたい。

華雪:そう、その風の音でノイローゼになっちゃう人もいるくらい。京都とは比べ物にならない風の吹きようで、それがすごく印象深かったんです。人の存在が小さく感じたんですよね。それはもしかしたら日本海側全般のことかもしれないけれど、人の気配が小さく感じられることにすごく惹かれて。そういう場所と人との関わり方を、なにか形にしたかったんです。自然との間に強く線を引こうとするのでなく、いい意味であきらめて暮らしているようにも思えて。あきらめるって、本来は原因や理由をあきらかにすることで、その先を考えるという意味なんです。土地の人が本当にそういう感覚を持っているかどうかはわからないし、自然や土地へのはっきりした思いがあるわけではないかもしれません。でも自分にとっては、そういうあきらめるという感覚が、新潟に来てわかった気がしたんです。そして、その感覚は私にとっていいものだったんですよね。もしかしたら、そのあきらめる感覚を色々な土地にいって、見てみたいのかもしれない。

—悪い意味じゃないんですね

華雪:どんなことに対しても、たとえばとても自分では変えられないようなことに対峙したとしても、自分なりにどうにか受けとめた上で、その先をどうするか。そういうありかたが気持ちよかったんですよね。新潟では、そうした本来のあきらめるという感覚が、なぜかとても顕著に感じられたんです。そして、それは別の場所にいっても大なり小なりあった。そう考えると、なんとなくかもしれないし、強く意識しているかどうかもわからないけれど、人はその土地で何かに折り合いをつけたりしながら、どう関わって、そこにいるのかということに、私は興味があるんだと思います。それは、もしかしたら子どもの頃、競輪の日に外に出られなかったことに端を発しているのかもしれません(笑)。

—やはりふるさとへの思いは根深そうですね(笑)。まず自分なりに受けとめて、その上でその先を考える。それに気づかせてくれたのが、新潟の風だったんですね。風という字の形はもともと鳥という字で、風には「言葉を運んでいく」という意味があると、今回のワークショップを企画する時に教えて頂きました。言葉っていうのは人の思いでもあるから、風は思いを運んでいく。風通しをよくするっていうのは、人の思いの交わり方を考えることなのかもしれません。そういう風通しのいい場所に、『カイツブリの塔』がなるように努力していきたいし、今回のワークショップ「ことばをはこぶ<鳥>」では、この地への思いをどのように<鳥>という字にのせて書くことができるか、とても楽しみです。お忙しいところ、ありがとうございました!

華雪さんのご著書と推薦図書
・華雪『書の棲処』(赤々舎)
・洲之内徹『絵の中の散歩』(新潮社)

 


日時:2015年3月21日(土)
カイツブリの塔
ワークショップ『ことばをはこぶ<鳥>』

集合場所:名古屋テレビ塔1F
時間:集合 13時 / 終了 17時
講師:華雪(書家)
料金:4800円(材料費込み、展望台チケット付き)
持ち物:筆記道具、メモ帳、練習用の古新聞(古紙)
詳細:http://towerofgrebe.tumblr.com/post/110696637769/x-vol-3

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『カイツブリがつなぐもの』vol.1「失われかけているものごとに目を向けると」畑中章宏

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